帰路変道中記 1 : Lahore – Delhi – Kolkata

2005年7月20日(水曜日)

朝ごはん: カレージー(肝臓カレー)+ローティ 11ルピー
昼ごはん: マトンカレー+ごはん 29ルピー
夜ごはん: 機内食を期待して食べません!(笑)

朝はホテルに程近いムスリム街(イスラーム)を回っていました。この地域ではウルドゥ語の新聞もありますし、シャルカミや白い帽子、ドゥパタ(体の線を隠す布)を着けた方を結構見かけます。
また普通に牛なんかも食べられたりしています。
で、朝食は屋台でカレーを。レバー(カレージー)カレーと小さいチャパティ(ローティ)でしたが11ルピーと実にリーズナブル。なんとなくの印象ではヒンドゥーの人よりムスリムの人のほうが優しいというか正直な人が多いような気がします。

この1週間、100ドル(約4300インドルピー)で生活することができました。もし空港まで余計にタクシーを使って行かなかったり、安物のサンダルを買って結局足が合わずに買いなおしたりしなければ(笑)500ルピーくらいは余るはずだったんですけどね。
さて今日は協力隊の方&マイルストーンの方にそれぞれ1枚ずつはがきを出しました(8ルピー)。
何日くらいでとどくでしょうねぇ。
で、何日も前からホテル(PARAGON)の人たちと約束していたオカリナ演奏を夕方していました。

ヒンディ映画の曲のレパートリーは

TUJEH DEKHA TO
HOGAYA HAI TUJUKO TO
KUCH KUCH HOTA HAI
MAIN HOON NA

の4曲しかないのですが、どれも好評でした。

で、MAIN HOON NA(2004年シャー・ルク・カーン主演)は舞台がコルカタから近いダージリンでしたので、これは大好きな人が多いようでした。
うん練習しておいて良かった良かった。
「パキスタンのシンガー(←私のこと)がインドの歌を歌った。これはとてもいいことだ」
なんて誉めてくれましたし、紅茶もごちそうになりましたし。
夕方4日ぶりに雨が降って少し涼しくなったコルカタでした。
あと1時間ほどで空港に移動し、21日AM2:00のタイ航空でバンコクに移動します。
いや~機内食楽しみにしているんですけど、夜だから出ないかな?(笑)


2005年7月19日(火曜日)

朝ごはん: 紅茶+トーストなど 6ルピー
昼ごはん: チャーハン+ワンタンスープ 65ルピー(龍鳳:ホテル近くの中華屋)
夜ごはん: グレービーライス(あんかけごはん) 20ルピー

マザーハウスのボランティアには行かない分、朝から市内を3~4時間かけてゆっくりまわりました。
コルカタ市内にはハウラー駅・シアルダー駅の2つの主要な発着駅があります。
それらを汗をかきかきまわってみました。
大変多くの人たちが行き交っていました。で、あちらこちらには物乞いをする人が。
パキスタンよりもそうした部分がはっきり見られるのがインドなんだなぁと感じています。
ハウラー駅へは対岸から渡し舟で行きました(片道3.5ルピー)。100人以上の乗れる大きな渡し舟ですが川面を渡る風が心地よく、これもパキスタンにはない光景・体験だなぁと新鮮に感じました。
ハウラー駅ではこの7月に出たばかりの最新のインド鉄道時刻表を購入(35ルピー)。次の旅の際の参考になりそうです。

ここ4日ほど雨が降らずむし暑いものの街中を歩くには都合のいい天気がコルカタ(カルカッタ)では続いています。


2005年7月18日(月曜日)

朝ごはん: マザーハウスでパン・紅茶
昼ごはん: ターリー(カレー3種+ごはん) 50ルピー
夜ごはん: サブジー(野菜カレー)+ごはん 7ルピー

朝MC(ミッショナリーオブチャリティー)につくとすごいたくさんのボランティアさんが集まっていました。
当日朝の飛び入りさんを含めて100人近くいたんではないでしょうか。
で、私が行っているプレムダンにも昨日よりも7~8人は多い方々が向かいました。
仕事は土曜日と同じでもうひとつの大部屋の清掃やら食事の世話などをしていました。
で、水曜日までやろうかなぁと思っていたボランティアですが今日でとりあえずおしまいにすることにしました。
とにかくボランティアが多すぎて働くことがあまりなく物足りないこととがまぁ主な理由です。
これから日本が夏休みを迎える頃になるともっと多くの方がやってくるということでしたが、その時期をはずしたころにまたここには来てみたいなぁと思っています。

で、そんなわけでいつもより15分ほど早めに午前の活動も終わり、気になっていたリコンファームの件を確認しにしないにあるタイ航空の営業所に向かいました。
着くと昼休み中ということで小1時間待っていざ店内に。
・・・・で、どうだったと思いますか。
な、な、なんとさすがインド。普通にリコンファームを受け付けしていました(笑)。いや~来といてよかったよかった。
これでチケットの件は一件落着し、ホテルへの帰り道でターリー(インド式カレー)のチェーン店に入って昼食をとりました。

ターリーは大きな金属皿の上にごはんと3~4種のカレーが器に入っているインド式カレーのことです。
豆+野菜+チキンのオーソドックスなカレーでしたが美味しかった!50ルピー(約125円)とややお高いですがしっかり味付けされていてあっという間にたいらげてしまいました。
街角ではカレーのほかにチョーメン(中華やきそば)、サモサ、プーリー(油揚げパン)などもういろいろなお店がでていて多くの人たちが昼食をとっていました。
それだけでなくしゃれたコーヒーショップやレストランもありそうしたバラエティはパキスタンよりもあって実に楽しいです。
残り2日ほどのコルカタ(カルカッタ)生活になりますが、あすあさっては市内をいろいろ気ままに楽しみながら巡ってみたいと思います。


2005年7月17日(日曜日)

朝ごはん: マザーハウスにてパン・紅茶
昼ごはん: エッグチョーメン(やきそば) 12ルピー
夜ごはん: 牛ステーキ 70ルピー+ラッシー 10ルピー

今日もマザーハウスへ。日曜日はストリートチルドレンのための支援プログラムがあるということで迷いましたが、結局昨日とおなじプレムダンに出かけました。
仕事は昨日と同じ。ただ大部屋の清掃がなかったのでかなり手持ち無沙汰な感じでした。
今日はスペイン人の人とよくおしゃべりしていました。あ、スペイン語じゃなくて英語で。「オラ!(こんにちは)」とか「グラシアス(ありがとう)」など訓練所でスペイン語圏のなかまが使っていたフレーズも思い出して使ったりしていました。

で、正午に仕事も終わり思い出したのがバンコク行きの飛行機のリコンファーム(搭乗意思確認)。
ホームページで見ると利用するタイ航空はリコンファームがいらないようなことを書いているのですが、ここはインド(笑)。いちおオフィスに確認しようと同宿の方が持っている「地球の歩き方」で住所を確認しているとどうも日曜日は休みのようです。
それで念には念を入れて空港のオフィスに行くことにしました。
地下鉄(METRO)でパークストリート駅→ダムダム駅へ行きそこからタクシーに。
インドのタクシーはぼったくるイメージがあったので警戒していたのですが、メーター制だしま、いいかとそのまま乗っていました。
で、空港に着いて請求されたのが110ルピー。(メーターの額面に一定の掛け率で換算します)。ま、この運ちゃん、乗ってすぐから「メーターだと高くなるから120ルピーで行ってあげるよ」と訳のわからないことを言っていたのでま、メーターにしといてよかったなぁと思っていました。

で、空港に着いたもののこちらもお休みということで目的は達成できず(笑)、そのままダムダム駅まで違うタクシーをひろって戻りました。
で、請求されたのが60ルピー(爆)。
おんなじメーター車なのになんで料金表示がちがうねん!!
夜はマザーハウスでボランティアをしている方の案内で美味しい牛ステーキを食べてきました。
それも70ルピーと言うリーズナブルさ。
いろいろなお話を聞かせてくださり楽しい時間を過ごすことができました。


2005年7月16日(土曜日)

朝ごはん: マザーハウスにてパン・紅茶
昼ごはん: サブジー+チャーワル(白ごはん) 6ルピー
夜ごはん: (別の店で)サブジー+チャーワル 7ルピー

早起きして、7時前にマザーハウス近くにあるミッショナリーオブチャリティーの建物に行きました。
7時半ごろになると、わっと人が中に。
無料のごはんの施しをしている様子でした。意外にみなりのしっかりした人が多かった感じ。
ボランティアにはパン・バナナ・紅茶の朝食が提供されていました。で、ありがたくいただきました。
そのまま流れで各施設に出かけていくので、自分と同じ「プレムダン」に行く人を探さなければいけません。
すると韓国から来ている方がそうだよとおっしゃったのでこの方々と一緒に30分ほど離れたところにある施設に向かいました。
到着すると早速エプロンをつけて作業開始。

1 大部屋の壁をたわしでこすってきれいにする。
2 床を洗剤でみがき、水洗いする。
3 ふたたびベッドをセッティングする(マット・まくら・シーツ)

↑30人くらいの大部屋ですが、みんな同じように見えるマットでもこだわりのモノがあるようで、「こっちと取り替えてくれ」と言ったオーダーが多かったのは面白かったです。

4 食器などの洗い、床のそうじ、バケツに水を補充などこまごました作業

をしているうちに10:30のティータイムに。

ここではボランティアが集まってバナナ・紅茶・クラッカーをいただきながら休憩していました。
そのあと、11:00からは食事の給仕をボランティア総出でやります。1枚の金属皿にごはん・カレー2種(野菜+豆)・あげたチャパティを盛ってもらい、入所している方の所に持っていきます。場合によっては食事介助をしたりしました。

そして食べ終わったら、すばやい流れ作業で食器を洗い、12:00ちょっと前にはボランティア活動終了。
長期間されている方も多いようでまぁ見事なボランティア活動でした。
で、ヒンディ(ウルドゥ)語は結構使えました。あとヒンディの歌はかな~りいい感じで受けていました。「なんでこの日本人がヒンディ語を知っているの?」って不思議そうでしたけれど(笑)。
そのあと日本人の方と一緒にその方お勧めのラッシー(ヨーグルトドリンク)屋さんへ。10ルピーですが、パキスタンでも味わったことのない濃厚な一品でもう1杯お代わりしてしまいました。
そしてご一緒に近くのカレー屋さんに。
いいボリュームのごはんとサブジー(野菜カレー)でたったの6ルピーとは驚きでした。
パキスタンよりも割安感がありすぎです。


2005年7月15日(金曜日)

朝ごはん: プラタ+サブジー(野菜カレー) 9ルピー
昼ごはん: 白ご飯+サブジー 20ルピー
夜ごはん: チキンチョーメン(やきそば) 15ルピー

手元にある地図をもとに、朝からマザーテレサの家を探しに出かけました。何度も間違えながらようやく到着し、ボランティアの希望をシスターに告げると午後2時45分に来てくださいとのお話。
それで、それまでの時間、地下鉄を使ってコルカタ(カルカッタ)市内をあちらこちら移動しました。
地下鉄は1995年全線開業。4ルピー~6ルピーのリーズナブルな値段です。駅によってはエスカレーター&エアコン完備でいい感じ。

そのまま時間をつぶして、2時半過ぎに再びマザーハウスに到着しました。やや暫く待った後、ほかのボランティア希望者の方々と2~300mほど離れた施設へ移動しました。
今はバカンスの時期と重なっているとのことでざっと30人近い方が集まっていました。日本人は4人であとは韓国の方が1人、それ以外は欧米の方々でした。

夏の期間、こちらで奉仕活動をされているというMさん(日本人)が親切丁寧に概要を説明してくださいました。
カーリガートの「死を待つ人の家」から始まったマザーの事業は素晴らしいシスターたちに引き継がれ、8つぐらいの場所(コルカタ市内)で活動を展開しています。さらに世界各地にもマザーの事業が広がっているとのことでした。

CEC JAPAN NETWORK | マザーテレサ・ボランティア活動
http://www.cecj.net/india/index.html

そのあと、ボランティアの面倒を見ていらっしゃるシスターに希望者が1人ずつ呼ばれていました。
そして私の番に。

シスター:「どこで働きたいですか?」
私:”I don’t mind.゛(どこでもいいです)
で、1~2秒じっと見つめられたあと
シスター:「あなたはプレムダンに行ってください」

とおっしゃいました。
プレムダンは身寄りのないお年よりの面倒を見ている施設とのことです。

明日は朝7時に行って同じプレムダンへいかれる方と一緒に活動してきます。(午前中の活動予定です。)
コルカタ(カルカッタ)にはこのためだけに来たのでほんの少しの期間ですけれど色々経験できればと思っています。


2005年7月14日(木曜日)

朝ごはん: ナン+ダール(豆カレー)+サブジー(野菜カレー) 20ルピー
昼ごはん: 白ご飯+サブジー(野菜カレー) 7ルピー
晩ごはん: グレービーチョーメン(あんかけ焼きそば) 12ルピー

朝8時まで空港ロビーで夜を明かし、プリペイドタクシー(195インドルピー)でサダルストリートへ。
イスラマバードの隊員ドミトリーに置いていたガイドブックを参考して「PARAGON(パラゴン)」という宿に泊まることにしました。
ベッドしか置けないチョー狭いシングルルーム(言い値の250ルピーを100ルピーに負けてもらって(笑))でしたがまずは荷物が置けて一安心。

その後は近くを歩いているとムサルマーン(イスラム教徒)だという若いお兄ちゃんに誘われて朝食(ベジタリアン)と彼のお店に連行されました(笑)。
彼らの口八丁手八丁に内心笑いながらもウルドゥ語で楽しく会話。

↑のような人は100%「悪質&あやしい客引き」です。確かにパキスタンよりもかなり高い金額(3倍4倍)を吹っかけてきました>同じ品物

ですので、慣れない方には「昼間から日本語を話し掛けてくる&親切に声をかけてくる」インド人は注意されたほうがいいです。絶対に。

ベンガル語が幅を利かせる地域ですが、ウルドゥ、もといヒンディ語が普通に使えるのはありがたいですね。
ただ、

シュクリヤ(ウル)→ダンニャワード(ヒン)、ドンノバード(ベン)
アッサラームアレイクン(イスラム)→ナマステ(ヒン)、ノモシュカール(ベン)

あたりは言い方を気をつけたほうがいいみたいですが。それでも英語が普通に使えてしまうのはさすが。
その後このように普通にインターネットができるお店で快適にメールやページの更新をしていました。日本語も普通に使えてありがたや。

昼からはインド博物館に行ってきました。何かさすが大英帝国って感じで豊富な展示に圧倒されました。ほんとすげーって感じ(笑)。

で、この街にはかなりたくさんのムサルマーン(イスラム教徒)が住んでいることを知ってびっくりしました。サダルストリートに並ぶ店を見ていると白いトーピー(帽子)を被ったムサルマーンらしい人をちらほらみかけました。

そうした人たちが経営するお店ではメニューにBEEFが書いてあったりしますしね。
そのお店ではサブジー(野菜カレー)とチャーワル(白ごはん)を手で食べましたが、美味しかった!
しかも値段が7ルピー(約15~17円)という安さ!

これははまりそうです。


2005年7月13日(水曜日)

朝ごはん: プラタ+チャネ(豆カレー) 18ルピー
昼ごはん: 機内食(PIA) サンドイッチ+紅茶
晩ごはん: 機内食(インドエア) ごはん+カレー+ヨーグルト+サラダ

ラホール空港までマイルストーンの方に送っていただいた後、出国手続き→搭乗手続きへとスムーズに進みました。
そして定刻(14:30、日本時間18:30)よりやや遅れてデリー行きのPIA便は離陸しました。飛行機の車輪が滑走路を離れる瞬間はグッと胸にくるものがありました。
機上から見るインドの大地もパキスタンと同じ様子でしたが、いたるところに大雨による洪水のあとが生々しく見られたのが印象的でした。

デリーも天候不良でしばらく迂回飛行を続けていましたがようやく17:00(日本時間20:30)にデリーに着陸しました。
そこから、連絡バスを使って滑走路の対面にある国内線乗り場へ。
こちらも定刻よりかなり遅れて20:30(日本時間0:00)にコルカタ(カルカッタ)行きのエアバスは離陸しました。いや~、ちゃんと機内食は出るし綺麗な機体で感動しました。
そしてコルカタ(カルカッタ)についたのが22:30(日本時間(02:00)。だいぶ遅くなってしまったのでそのまま空港のロビーで一夜を明かしたのでした。
コルカタはちょうど雨季に入ったとのことで夜通し雨が降り続いたのでした

コメント

  1. harukoより:

    コルカタ(カルカッタ)におられるんですか!?
    ちょっと想像できないですけど、頑張りすぎないで下さいね。

  2. johnny@ktc15-1より:

    どうもありがとうございます。
    マザーハウスのボランティアもまぁ気楽にできる活動なのでいいんですが、それにしても多すぎる気がします>ボランティア
    でも来てみてよかったと思います。やっぱりその場に足を運んで実地に感じる体験することはいろいろな考えを耕してくれるようです。
    ということで残り2日のコルカタ生活はのんびりすごしまする。

  3. tanakaより:

    今日は、オカリナの演奏素敵でした。
    「一期一会」。今後もよろしくお願いします。

  4. johnny@ktc15-1より:

    ありがとうございます。次お会いしたときは、KAL HO NA HO あたりを吹けるようにがんばります。TANAKAさんもどうぞよい旅をお続けになってください。