Rawalpindi(ラーワルピンディ)一覧

QINGQI (キンキ:乗合三輪バイク) と TANGA (タンガー:乗合馬車)

初稿:2012年8月3日 更新:2018年5月14日(Youtubeリンク更新、QINGQI社サイト紹介、章立て)

QINGQI? TANGA?

写真左:QINGQI(キンキ:乗合バイク)
写真右:TANGA(タンガ:乗合馬車)
2004年4月ラーワルピンディ・ゼネラルバススタンド付近にて

これまで、パキスタンの乗り物については
パキスタンの乗り物(1)/transport.html で各種ご紹介してきました。
が、そうそう、すっかり紹介しそびれていた乗り物がひとつありました。それが、QINGQI(キンキやチンチなんて呼ばれてました)という三輪乗合バイク。
QINGQIをはじめて見たのは、2003年の協力隊赴任直後。
任地イスラマバードに隣接するラーワルピンディの街なかででした。

ラーワルピンディで見かけたQINGQIとTANGA

イスラマバードは2003年当時、リキシャー(三輪バイクタクシー)TANGA、タンガーと呼ばれる乗合馬車もそれからQINGQIも乗り入れが禁止されていました。

でも、昔ながらの下町の情緒が色濃く残るラーワルピンディには人ごみと車の渋滞にもまれながらそれらの乗り物が元気に活躍していました。
↑の写真のように、同じ幹線道路・生活道路をTANGAQINGQIが共存しながら走っていました。


ラーワルピンディ・ラジャバザール(Raja Bazar)で客待ちをしているTANGA(タンガ:乗合馬車) 2004年7月撮影
2004年当時、ラーワルピンディのラジャバザール~ピールワダイ・バススタンド間を5ルピー(当時10円、現在4円くらい)の値段で乗せてくれるTANGAは、のんびり街なかを走るにはちょうどよい乗り物でした。
ラーワルピンディに限らず、パキスタンのどの街も喧騒と騒音と排気ガスがすごいですけれど、馬車の馬たちはただ黙々と歩みを進めていましたね。

↑こちらも、ラーワルピンディ市内を走るTANGA(タンガ:乗合馬車) 。
2004年7月撮影

んで、こちらもラーワルピンディ市内を走る、というかマイペースで進むTANGA(タンガ:乗合馬車)
2004年7月撮影

馭者側に2名、後部座席に3~4名ほどお客さんを乗せて走っていました。大柄な馬体に合わせた馬車なので、乗り降りはちょっと気をつけないといけませんでしたけれど、
普通の乗用車よりも視線が高い位置にあり割に眺めは良かったように思います。

ベナジール・ブット・ロード(旧マリーロード)のコミッティーチョークあたりがアンダーパス工事で途中通行止めをしていたころ、
そこで折り返しの人を運ぶため客待ちの列を作っていた、QINGQI(キンキ:乗合三輪バイク) 2004年10月撮影

>> コミッティーチョークの工事(2004年10月4日投稿)
/2004-10-04-committeechowk.html

イスラマバード・ラーワルピンディだと、乗合バスタクシー
ラホールだったら、リキシャーをもっぱら使っていたので、私はQINGQIにはそれほど多く乗っていません。
乗るとしたら、QINGQIが生活の足として重用されている地方農村部が多かった(マルダーンやペシャーワル近郊とか)記憶があります。

QINGQIはパ中合弁企業メーカー

で、やっとご紹介できるQINGQIのお話。
なーんでQINGQIって言うのかなと思いましたら、中国の老舗バイクメーカーだったんですね。

クインキー(QINGQI)社とは | TRIKE QINGQI
http://jyouhookan.web.fc2.com/btl/qingqi.html

こちらのページでのご説明では、中国最古のバイクメーカーのひとつで、1964年に最初のスクーターを製造したとのこと。

でさらに検索したところ、中国QINGQI社  http://www.qingqi.com.cn/ が1994年にパキスタン資本との合弁企業として PLUM QINGQI MOTORS LIMITED を設立(本社ラホール)したことが分かりました。

ABOUT US | PLUM QINGQI MORTORS(英語)
http://qingqi.com.pk/about-us-2/

そして製品紹介の中に、ありました、ありました、見慣れた乗合三輪バイクが。

MP 100 CC | PLUM QINGQI MORTORS (英語)
http://qingqi.com.pk/mp-100-cc/

MP 100 CC 型乗合三輪バイク

100ccエンジンで走っているんですね。

QINGQIに乗ってみた(動画:2011年3月)

で、時は流れて、2011年2月下旬~3月初めにかけて2週間ほどパキスタンに行ってきました。
はじめは2010年水害被災地のシンド州タッタを再訪。その後イスラマバードに移動して友人たちに会っていました。
その中、ラーワルピンディのバススタンド(ピールワダイ・アッダ)まで足を運び、おお、こっからならラジャバザールまで行けるなぁ、とQINGQIに乗った次第。(この時、TANGAはもう走っていませんでした。)

2011年3月にラーワルピンディでお世話になったQINGQI(キンキ:乗合三輪バイク)のお兄さん。


大きな地図で見る

↑A地点:ピールワダイ・ゼネラルバススタンド(Pirwadhai Adda) B地点:Fowala Chowk(噴水のある交差点)→ラジャ・バザール(Raja Bazar)の並びにあります。
をQINGQIで走った時のルートです。

その時の模様を動画に収めました。

1:バススタンドを出発

QINGQI to Raja Bazar from Pirwadhai Adda 1 of 3

運転手のお兄さんが、「ラジャバザール!ラジャバザール!」って行き先を連呼しながら客を呼び込んでいます。
あんまりお客さん集まらなかった(というか、確か自分しか乗っていなかった)んですが、まいっかと出発します。

2:ラジャバザール近くを走行

QINGQI to Raja Bazar from Pirwadhai Adda 2 of 3

時間は夕方4時ごろだったと思います。まだ日が短くて夕日がさすなか、目的地のFowala Chowk(噴水がある交差点)まで向かいます。
前を走る超ビンテージなタクシー(黒と黄色の車体:TAXIの表示はないですけれど、タクシーです)とかいいでしょ?

3:終点Fowala Chowk(噴水のある交差点)へ

QINGQI to Raja Bazar from Pirwadhai Adda 3 of 3

走りながらも行き先(この時はラジャバザール)を言いながら走っていましたが、渋滞でもクルマや人ごみを縫って走れるQINGQIは快適。
15分ほど走って終点に到着。運賃は決まっています(確か10~15ルピー)ので、降りる時に運転手さんに渡します。
でも、この時は自分的には気前よくポーンとチップをはずんだはず(ということにしておいてください 笑)。


Hassan Academy : インクルーシブ教育の学校 1

>>Hassan Academy : インクルーシブ教育の学校 2 >>パキスタンの障がい児者支援

2012年7月26日木曜日追記:
イスラマバードに特別支援ならびにインクルーシブ教育を行う学校を建設するために、日本政府から910万ルピー(約780万円)の支援が行われることになり、今年2012年1月に大江博パキスタン駐箚特命全権大使とハッサン校長とで調印式が行われました。

ハッサンアカデミー校長の Ahmed Hassan博士が日本政府の財政援助を受けてイスラマバード市内に障害児学校を建設へ(2012年1月20日報道)

/paknews/?p=391

また、今月2012年7月初めにハッサン校長から
We are pleased to inform you that construction at islamabad project started.
(イスラマバードでの学校建設プロジェクトが始まったことをあなたにお知らせできることをうれしく思います。)
という連絡をいただきました。
完成まで時間がかかるかと思いますが、ぜひ足を運んで進捗状況を見てみたいなと思っています。

 


2005年4月18日:アップ
ラーワルピンディ(Rawalpindi)の下町にある私立の学校があります。
名前は「ハッサン アカデミー(Hassan Academy)」。1993年にハッサン博士(Dr.Ahmed Hassan)が私財を投じて現在の地に開校しました。

Kal TakというTV番組がハッサンアカデミーを取材した模様です。(ウルドゥ語:2009年9月放映)
Youtube: Kal Tak, Eid Special Program with special children of Hassan academy Part 2

レポーターがハッサン校長と各クラスを訪れています。
聴覚・知的・身体障害のある生徒たち、障害のある・ない子どもが一緒に勉強しているクラスを紹介しています。

この学校の特色は障害のある子どもと、ない子どもがともに同じ学び舎で学ぶ「インクルーシブ教育(Inclusive Education)」。
昨年暮れにハッサン博士(校長)と初めてお会いし、かねがね伺ってみたいと思っていましたが、この4月上旬に学校を何度か訪問させていただくことができました。
ブログで2回に分けて、その訪問記を綴っていきます。

 

ハッサンアカデミーの校舎外観

ハッサンアカデミーの校舎外観

↑学校はラーワルピンディのピールワダイモールそばにあります。すぐ近くを走る幹線道路(The Mall:マールロード)から狭い路地を5分ほど歩くと学校の白い壁が見えてきます。高級住宅街ではなく庶民的な下町の一角に学校は建っています。
1993年1月1日に設立されたこの学校にはNursery(ナースリー:幼稚園年長組)から10年生(中学~高校に相当)までの児童生徒が在籍をしているそうです。
また、この学校には地元ラーワルピンディだけでなくカラチやラホールなどから来た子どもも学んでおり、そうした子どもたちは学校やハッサン校長のご自宅に設けられた寄宿舎で生活をしています。
お邪魔させていただいたのは、4月の新年度が始まってすぐの金曜日でしたので通ってくる子どもは少ないようでしたが、ハッサン校長に案内していただき各教室にお邪魔させていただきました。

 

【その1:知的障害のある子どものクラスにて】

知的障害のある子どものクラスにて

知的障害のある子どものクラスにて

まず案内していただいたのは、ダウン症候群などの知的障害のある子どもたちのクラスでした。いた子どもたちの年齢は多少幅があるようでしたが、「Nursery」クラスとの位置づけで授業が行われているようでした。
行ったときに子どもたちは絵と単語のマッチングの課題に取り組んでいました。「りんご」の絵なら「りんご」とウルドゥ語や英語で答える課題に取り組んでいるようでした。

 

ハッサン校長と子ども

ハッサン校長と子ども

↑首根っこをつかまえて「こら!」と言っているようにも見える(笑)写真ですが、ハッサン校長の子どもへの関わり方は非常に丁寧なように見えました。

 

【その2:聴覚障害のある子どもたちのクラス】

聴覚障害のある子どものクラス

聴覚障害のある子どものクラス

次に訪れたのが聴覚障害のある子どもたちのクラスでした。
大きな声で話せば聞き取れる子や、補聴器を使えば聞き取れる子、まったく聞き取れない子どもまでさまざまな障害の程度の子どもたちがいましたが、みんな元気に授業を受けていました。

 

絵を描くアシスタントの女性

絵を描くアシスタントの女性

↑クラスのアシスタントをする女性と紹介されましたが、彼女はひたすら1枚の絵を描くことに一生懸命になっていました。(聴覚障害のある方のようでした)

 

英語の文を黒板に書く生徒

英語の文を黒板に書く生徒

↑この子はほとんど声を聞き取ることができませんが、先生と手話などを使って黒板に文章(学校や校長先生の名前など)を書いていました。
聴覚に障害のある子どもたちは日本と同様に手話を使い上手に会話をしています。また他方では、リハビリによる口話の習得も先生たちから促されていて、そうした訓練をするスピーチセラピスト(Speech Therapist:言語聴覚士)をお願いされることもあります。

 

【その3:インクルーシブなクラス】

コーランをする子どもたち

コーランをする子どもたち

その次に案内されたのは、聴覚に障害のある子どもと障害のない子どもが一緒に学ぶインクルーシブなクラスでした。
そのクラスには、10人ほどの子どもが勉強していました。そのうち半分は聴覚に何らかの障害はありますが学習面では問題のない子どもたちが集まっていました。
お邪魔させていただいたときは、イスラミアート(イスラームの教えを学ぶ)時間だったようで、コーラン(クルアーン:イスラームの経典)を読誦したりしていました。

 

6つほどあるクラスのうち、こうして障害のある・ない子どもがともに学んでいるクラスは2~3のようでしたが、実際にこうした姿を見るととても感銘を覚えました。
パキスタンでは他の開発途上国と同様に障害者に対する支援施策はまだまだお寒い現状で、公的な年金をはじめ財政的なサポートはほとんどない状況です。
また、障害のあることを差別的に見る風潮も根強く、家族に障害者がいることを隠すという事例もしばしば聞くところです。

日本のように障害者教育(特別支援教育)が独自に発達してこなかったからこそ、こうしたインクルーシブな教育が始めやすかったという事情もありますが、財政的な支援が得られるかどうかわからない民間の学校が理想に燃えてこうした活動を10数年にわたって続けてこられたことに、私は敬意を表したいです。


HOTEL AL-AZAM : アル・アザム Rawalpindi

2012年8月12日追記:
Google Mapsでの位置:Haati Chowk(ハーティ(象)・チョーク(交差点))のそばの白いやや円柱形の建物です。営業しているかどうかは不明です。

大きな地図で見る


ホテル全景

↑フロントは1階中央部分の入り口から階段をあがった2階にあります。
名前: AL-AZAM HOTEL
住所: HATHI CHOWK,RAWALPINDI,CANTT,PAKISTAN
電話: 051-5565901 051-5565903
料金: シングル 150ルピー ダブル 250ルピー
(シングルが満室のときはダブルを200ルピーくらいで個人旅行者に貸してくれると思います。)

室内(ダブルルーム4階)

↑4階のダブルルーム。とりあえずノミはあまりいなさそうでした(笑)。

トイレとシャワー

↑トイレとシャワー。もちろんといいますか水シャワーです。
ベランダから外を見る

↑ベランダからはサダルの町並みを望むことができます。(4階部分のみ)
隣の部屋とは続きになっていますが。(扉には内鍵をかけることはできます)

屋上からサダルを望む


屋上からは365度の眺めでイスラマバード・ラーワルピンディを望むことができます。これは結構いいかも。


Hassan Academy : インクルーシブ教育の学校 2

>>Hassan Academy : インクルーシブ教育の学校 1
>>パキスタンの障がい児者支援

 

【その4:知的障害のある子どものクラス】

知的障害のある子どものクラス

知的障害のある子どものクラス

↑もともと、ハッサンアカデミーは聴覚障害のある子どもと障害のない子どもがともに学ぶ学校として開設されましたが、実際にはCP(脳性まひ)の子やダウン症候群のある子ども、知的障害のある子どもも通ってきています。
この日(金曜日で半日授業)はこのクラスに20人弱の子どもが通ってきていました。はにかみやさんが(笑)多いような気もしましたが、みんなとっても素直でのびのびとしていました。

 

黒板に字を書く子ども

黒板に字を書く子ども

↑この子どもはCP(脳性まひ)があり歩行にやや不安があるため転倒した際の頭部の保護にこうしたキャップをかぶっています。
利き手にも麻痺があるので書くときはすこし苦労していますが、人の助けを借りずに上手に字を書いていました。

 

子どもと話のやりとりをするハッサン校長

子どもと話のやりとりをするハッサン校長

↑ハッサン校長が子どもとお話をしているところです。お話している相手は知的障害のある女子生徒たち。この子たちもとても伸びやかでかわいらしかったですねぇ。

 

【その5:入学したての子どもたちのクラスにて】

ハッサン校長と子ども

ハッサン校長と子ども

↑最後にお邪魔したのは入学したばかりの子どもたちのクラスでした。(パキスタンも4月が学校の新年度がはじまることが一般的です)
まだ入学してまもない子どもたちにハッサン校長が話しかけています。子どもたちは心なしか緊張しているように見えますね。
で、このハッサン校長、話しかけるときには子どもの目線に下がって話すように気をつけていらっしゃいます。
これってパキスタンではなかなか見られない光景です。
こちらの先生の言うことは絶対で普通は子どもを呼びつけて指示することが普通だったりします。
↑の写真のように先生から目線を下げていってお話しするっていうのはあんまり見られないなぁ。

 

【コンピュータクラスにて】

コンピュータクラスにて

コンピュータクラスにて

↑学校の1室がコンピュータルームになっていて、そこで子どもがコンピュータを使い絵を描いたり文章を打ったりする様子をみせていただきました。
コンピュータは全部で6~7台ありましたが、EU(ヨーロッパ連合)から寄付されたものでした。UPS(無停電電源装置)なども設置されていました。
インストラクターをしているのは、普段は印刷業をされている方。こうして時間のあるときに子どもたちを教えていらっしゃるようです。
この日は聴覚に障害のある子どもたちが来て活動をしていました。上手な子はペイントソフトで人の顔を描いて着色したりしていました。

 

【インクルーシブ教育のための工夫】

学校の時間割

学校の時間割

↑これは最後に見たクラスに貼られていた時間割です。
これをよく見ると”WhiteHouse Public School”と書かれてありますね。

このことをハッサン校長に尋ねると

「そうそうそう、障害のない子どもが”養護学校”に通っているとなると家族もそうだし世間体もそうだし本人のやる気も起きなくなってくるかも知れないですね。だからそうした子どもにはこの”WhiteHouse Public School”という学校に在籍している形にして(名札もその学校にして)おくんですよ。でも実際はひとつ屋根の下で一緒に勉強しているんだけどね。」

なかなかよく考えられた方法だなぁと思いました。

で、この日は金曜日で半日しかなくややあわただしかったのですが、見ている限り障害のある子ども・ない子どもの間の壁はまったく感じられませんでした。
私も日本で7~8年ほど障害児教育(特別支援教育)に関わってきましたので、日本のそうした教育の専門性の高さを知っているわけですが、こうした障害のある・なしで子どもを分けない教育を実際にみると魅力を感じたりもします。

このインクルーシブ教育をすすめるには教師の専門性や知識・技術の習得が求められるし(ハッサンアカデミーでもこのあたりが課題のようですが)ということですが、こうした子どものうちからあたりまえに育ち合っていけば「障害」ということを殊更意識せずに、「障害」とは感じずにお互い生活していくことができるなぁと思ったものでした。


動画紹介:イスラマバード&ラーワルピンディ

初稿:2005年2月27日 更新:2018年5月9日(地図リンク追加)

今日は用事があり、ラーワルピンディに出かけていました。
あいにくの曇り空でしたが、ここ数日日差しが暑かったのがしのげてちょうどよい感じでした。
パキスタンでの生活も4ヶ月強となり、少しずついろいろなものや出来事を想い出に残しておこう・・・と意識するようになりました。
それで、今日は日本から持ってきたビデオカメラ片手にあちらこちらを撮ってきました。
その中からいくつかのスポットをご紹介したいと思います。

動画:イトワールバザール(日曜市)のさとうきびジュース売り(1分)

さとうきびを機械でしぼって飲ませるスタンドはあちらこちらでみかけることができます。
小さいグラスなら1杯5ルピー(地方なら2~3ルピー)です。
しぼったジュースに塩・マサラやニンブー(レモン)を入れて飲むのがパキスタンスタイルです。
あんまり衛生的ではないので、ときどきお腹をこわす諸刃の剣なんですが(笑)。
今日のスタンドの兄ちゃんはなかなか味のあるコテコテ振りを発揮していました。
「アッチャー、アッチャー、グレイトヘナ?(いいだろ、いいだろ、グレイトだよな?」
と言っているのが聞き取れると思います。
ガンネー・カ・ラス(さとうきび・の・ジュース)といいます。

>>はじめてのイトワールバザール(パキスタンアルバム)
/sundaybazaarfirst.html

動画:フォワラーチョーク(ラーワルピンディ・ラジャバザールそば:40秒)

フォワラーとはウルドゥ語で「噴水」を意味します。
その噴水のところからぐるっとチョーク(交差点)の様子を撮ってみました。
とても交通量が多いところで、リキシャー(3輪タクシー)や車や馬車がひっきりなしに行きかいます。
イスラマバードは閑静なイメージがありますが、ラーワルピンディはいかにもパキスタンという風情といいますか下町情緒がコテコテにあるところです(笑)。
ビデオの終わり際に白い車が宙に浮いたように見えますが、これはフォークリフトでレッカー移動している様子です(笑)。警察官が操作していますがなかなかうまいこと移動させるなぁと感心していました(笑)。
終わりにリキシャーの中で
「ジャパン セ フーン ジー」(日本 から きています)
「デール サール ホーゲヤー ジー」(1.5 年 経っちゃいました)
と私がリキシャーの運ちゃんに話しかけています。

>>ラーワルピンディの歩き方(フォワラーチョーク)
/rawalpindi01.html#faura

動画:ラグ麺屋さんで昼食(35秒)

ラーワルピンディにあるラグ麺屋さんでの昼ごはんの様子です。
日曜日の昼はカシュガルからやってきている人たち(おじいちゃんが多いです)がこのお店にやってきて食事をします。
いつもは麺を頼むのですが、今日は隣に座ったおじいちゃんとおなじフカフカのまんじゅうでいただくことにしました。
具のないシンプルなまんじゅうでしたがこれがとても美味しかったです。
このお店にお越しの際はまんじゅうで野菜あんをいただくのもオススメします。
ちなみにこのおじいちゃんとは初めて会ったのですが、中国語もウルドゥも通じなくて身振り手振りでお話していました(笑)