Lahore(ラホール)一覧


Lahore : ラホール訪問記 1

2005年4月28日(木曜日)
今年(2005年)1月以来、3ヶ月ぶりとなるラホール行きとなりました。
13:30に活動先の仕事が終わり、そのままカラチカンパニーのラホール行きバス乗り場へ。
14:30発のバスのチケットを手に入れてしばらく待つと「ラホール行きのお客さん乗ってください」との呼び声が。
バスは日本の中古バスでしたが乗り心地やエアコンの効き具合はちょうどいい感じでした。
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マイルストーン訪問記(4) : 2004年11月

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2004年11月19日(金) バリアフリーセミナー in Lahore(3)

日本から来たお客様からのスピーチの後は、ライオンズクラブ会長のあいさつがあり、その後車いすの贈呈式になりました。

車いすの目録の贈呈
↑車いすの目録の贈呈

ひとりひとりにライオンズクラブ会長から車いすの目録が贈られました。
その後、参加者からの感想のスピーチなどが発表されたあと、参加者一同が外へ出て記念撮影を行いました。

記念撮影

目録をもらった人にはここで車いすが引き渡され、あちらこちらで乗りごこちを確かめる光景が見られました。
この日は金曜日で午後からはイスラームの重要な礼拝日でもあるので、参加者は会話を楽しんだ後それぞれ家路についたのでした。


2004年11月19日(金) 日本からのお客様とアナール・カリ(バザール:市場)へお出かけ

午後から休息をとったあと、日本からのお客様が宿泊するホリデイイン(ホテル)に迎えに行きました。
ここから、あちらこちら迷ったり雑踏の混雑に少々疲れながらも無事アナール・カリ(バザール:市場)に到着しました。

アナール・カリの目抜き通り
↑アナール・カリの通りを歩く

ここには、昨日行ったフードストリートのようなレストラン街があり、そこでみなさんと食事を楽しみました。

内臓の炒め煮(タカタク)を作っています
↑内臓料理「タカタク」を作っています。

鶏の丸焼き(サッジー)を作っています
↑鶏の丸焼き(サッジー)です。

少々夜遅くまで出かけていたため、帰りは海老原さんを運ぶ適切な車(タクシーなど)が見つからず困った場面もありましたが、親切な人たちに助けられてどうにか宿舎まで戻ってくることができました。
私はそのあと宿舎を失礼し、マイルストーンの事務所までリキシャーで帰ってきました。
この日も一日動くことが多く、すぐにバタンキューと眠ってしまいました。

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初版&最終更新日 2004年11月25日


マイルストーン訪問記(2) : 2004年11月

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2004年11月19日(金) バリアフリーセミナー in Lahore(1)

この日のラホールは快晴。日本で言えば10月下旬くらいの涼しさでしのぎやすい一日でした。
朝8時に事務所でマイルストーンのメンバーと待ち合わせをして、車で15分ほどの距離のところにある会場に向かいました。現地到着後、横断幕などの設営を一緒に手伝い、お客様がくるのを待ちます。

会場のDEWANE
会場のDEWANE KHAS(ディワーネハース)

会場入り口の外には真新しい25台の車いすがありました。

新造の車いす25台 車いすにはマイルストーンの運営する自立生活センターのロゴが。

今年の9月から、ラホール市のライオンズクラブ(日本と同様に名士の集う会です)がマイルストーンを本格的にサポートすることとなりました。
これまでも、食事会に招待したりなどといった応援をしてこられたようですが、今回は車いす25台の製造費用(約20万ルピー超)をライオンズクラブが提供し、希望する人々に無償で供与することになったとのことでした。
その贈呈記念式典を兼ねた会合が今日のセミナーだったわけです。

マイルストーンのメンバーはこのように考えています。
“障害者は家から出て、どんどん街中へ、自分の希望する場所にアクセスできる社会にしていかなければならない。そして、道路の段差や階段をはじめ障害者が街中へ出て行くために障害となっていることを障害者自身の目で確かめ、そしてそれに対して改善を要求する声をあげていかなくてはならない。
家から街へ出て行くためのツールとして今後車いすや歩行器(肢体不自由障害の方のために)、白杖(視覚障害者の方のために)をライオンズクラブの資金援助のもと作っていって希望する人々に配っていきたい。さらに将来的には車いすの製造コスト(現在1台9000ルピー(18000円))を3000ルピー(6000円)程度まで下げて、他のアジア諸国に輸出し他国の障害者のためのアクセシビリティ(社会へのアクセス手段)の向上に貢献したい”
そして、今年度もこれまでにアボタバードの障害者たちに自分たちの手持ちの車いすを20台送り届けたとのことでした。
また、日本の支援者からも車いす提供の申し出があるということでした。

セミナーでははじめに会長のアシムさんから歓迎のあいさつがありました。

歓迎のあいさつをするアシムさん
歓迎のあいさつをする会長のアシムさん(左)

続いて、マイルストーンの活動報告があり、今回25台の車いすが贈呈されることが決定されたことが発表されると会場から大きな拍手が沸き起こりました。

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マイルストーン訪問記(6) : 2004年11月

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2004年11月21日(日) お客様の帰国

毎日、いろいろなスケジュールで大忙しだったお客様がパキスタンを離れることになりました。
私はこの日のバスでイスラマバードに戻る予定でしたが、ラホールで大きな行事があったということでターミナルはものすごい人出。
予約をしないでも大丈夫といつものように思っていたら今日中のバスはすべて満席と言われ、もう1晩マイルストーンの事務所に泊めていただくことになりました。
それで、運良くお客様のお見送りができることに。
夜11時50分のフライトのため、空港到着は夜の9時過ぎでしたが、メンバーを中心に30人近い人たちが見送りにやってきました。
もう、次から次へとおみやげをお客様に渡すメンバーたち。
松山さんが涙が止まらず泣けて泣けてしょうがなかったのはよく分かる気がします。

海老原さん・松山さんはこのまま帰国されるとのことですが、西尾さん・斎藤さん・岡田さんはバンコクで3日ほど同じように車いすの修理や現地NGOとの交流に臨まれるとのことでした。
みなさんのまたの来パをお待ちしています!


ある裕福な一家の家にお邪魔して

バリアフリーセミナーに参加していた方から招待され、土曜日の夕方に日本のお客様と一緒にお邪魔しました。
とても裕福な実業家さんですが、彼の長女(21歳)・長男(20歳)はいずれも筋疾患をもち電動車いすで生活をしています。
それだけでなく、3階建ての家の各フロアに簡単にアクセスできるように簡易式のリフトが設置されていたのには驚きました。

リフトで上の階に上がります。 屋上までこのリフトで移動することができます。
↑リフトが設置されている。

さらにすごいのは、トイレやバスタブ、洗面台が車いす・障害者対応になっていること。
そして、高額な人工呼吸器に酸素発生装置などが寝室に設置されていたことです。

酸素発生装置を説明してくれています。
↑酸素発生装置について説明しているところ

お父さんは”私たちが死んでも十分な生活ができるようにたくさんお金を残しておくんだ”と語っていました。日本の自立の考えとはかなり違う方向性の考え方ですが、ともかくも娘さんや息子さんが生命の安全を保障されているということは、良しとしなければならないのでしょうね。


ニーハムさんと海老原さんの再会

今回のお客様の訪問を心待ちにしていたひとりが マイルストーンメンバーのニーハムさんでした。
彼女も筋ジストロフィーの障害があり、いろいろな問題を抱えています。その彼女が同じ悩みや課題を共有できる友だち、海老原さんとの再会をとても心待ちにしていたのでした。
海老原さんが滞在していた間、毎日2人はいろいろと話している姿が見られました。ニーハムさんにとっても呼吸の問題は大きな課題になっています。
そうした困難を乗り越えるパワーを海老原さんとの再会でまたみなぎらせてきているようです。

なによりも、「また会えてうれしい」という表情が2人の写真からにじみでてきていませんか?

ニーハムさんと海老原さん
↑ほんとうに素敵な笑顔が印象的な1枚です。

2005年1月追記:
ブログ等でお知らせいたしましたが、2005年01月、ニーハムさんはご逝去されました。その直前の元気なときにこうしてかけがえのないお友達、海老原さんと再会できたことはニーハムさんにとってとても素晴らしいものであっただろうと思います。ニーハムさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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初版 2004年11月25日 最終更新日 2005年01月