India(インド)一覧

印パ分離で別れ別れになった幼なじみとの再会をモチーフに描くGoogle Indiaの広告「Reunion(再会)」シリーズ

初稿:2014年2月23日 最終更新:2018年5月19日(フェンネル画像追加・リンク追加)

Reunion(再会:Google India制作)

2013年11月、Google Indiaが「Reunion(再会)」と題した広告をアップしました。

Youtube:Google Search: Reunion

(3分32秒:ヒンディ・パンジャービー語:画面下のキャプションボタンを選択すると英語など他言語での字幕が表示されます)

アップ後3ヶ月を経た2014年2月現在、このCMへのアクセス数は1000万ビューを超えています。

 

2013年11月20日にGIGAZINE(ウェブマガジン)でも
今でも対立するインドとパキスタンの両国民を感動に包むGoogle IndiaのCM「Reunion」
http://gigazine.net/news/20131120-reunion-india-pakistan/
との記事で詳細なストーリーを紹介しています。

「Reunion」シリーズの登場人物

CM”Reunion”の主な登場人物

【インド・デリーに在住】:バルデブさん(Baldev)、孫娘のスマーンさん(Suman)
【パキスタン・ラホールに在住】:ユースフさん(Yusuf)、孫(当初名前不詳→アナールカリ編CMでアリさん(Ali)と判明)

となっています。

左:バルデブさん 右:ユースフさん という設定

ストーリー

物語は、バルデブさんが、スマーンさんに幼いころ住んでいたラホールでユースフさんと撮った写真を見せ、一緒に遊んだこと、ユースフさんのお家(お菓子屋)からよくジャジャリヤ(Jhajariya:別名Emarti:生地を細長く油の上に落として揚げるお菓子です)を失敬しては食べた思い出を語るところからスタートします。

スマーンさんが検索を重ねて、ユースフさんのお店を突き止めました。

おじいちゃんの話を聞いたスマーンさん、話にあったキーワード(ラホール、城門、お菓子屋、ジャジャリヤ・・・)をGoogle検索にかけていくと、そのお菓子屋さんを突き止めることができました。
早速、デリーからラホールのそのお店に電話をかけると、まさにそれはユースフさんのお店。CMではそのあたりのやりとりは細かく描かず、Google検索でインドビザの取得方法、デリーの天気(をチェックして傘の準備をする)、ラホールからのフライトの到着時間(を見てタクシーに早く向かうよう促す)のチェックなど二人が再会するまでの折々の場面でGoogle検索が活躍していることをさり気なく織り込んでいます。

感動の再会シーン

そして、感動の二人の再会シーン。何度見てもジーンとくるシーンです。ユースフさんの手には自分のお店から持ってきたのであろうジャジャリヤが握られているのでした。

Jajariya ジャジャリヤ= Emarti エマルティ紹介

Youtube:Making of Emarti


(1分16秒:携帯などでの撮影動画)

ジャジャリヤは、パキスタンでメジャーな揚げ菓子のジェレビーと作り方はほぼ同じで、ジェレビーよりも緻密な巻をした形状になっています。大変甘いお菓子です。

「Reunion」の続編

そして、この「Reunion(再会)」その後の微笑ましくなる2人の様子をモチーフにした動画がGoogle Indiaからアップされています。

続編1:Cricket クリケット編

Youtube:Google Search: Cricket, फट से

(37秒:ヒンディ・パンジャービー語:画面下のキャプションボタンを選択すると英語など他言語での字幕が表示されます)

クリケット編:2人で仲良くクリケット・インドVSパキスタン(ODI:ワンデイ=1日制試合)を観戦中に停電が。「なんてこったい、よりによってこんな時に」とバルデブさんは親戚に試合の経過を確かめるために電話を。
でもスマーンさんは、スマホで試合結果をすぐに検索して2人に知らせます。おどろくバルデブさん。「バルデブおじいちゃんみたいに、試合経過を誰かに電話で尋ねなくても、ネットですぐ分かるのよ」とスマーンさん。

続編2:Sugar-free シュガーフリー編

Youtube:Google Search: Sugar-free है, खा लो

(32秒:ヒンディ・パンジャービー語:画面下のキャプションボタンを選択すると英語など他言語での字幕が表示されます)

シュガーフリー編:デリーでの滞在にも慣れて、こっそり冷蔵庫にあった甘いお菓子(ラスグッラー:Rasgulla)をつまみ食いするユースフさん。(パキスタンもインドの人も甘いお菓子は大好きですね)それをスマーンさんが見つけて「それはシュガーフリー(砂糖ゼロ)だからもっと2個も3個も食べてね」と声をかける。
あ、そうか、ユースフじいちゃんは甘いもの好きだから・・・とスマーンさんがユースフおじいちゃんに「そしたら夜はハルワー(デザート)?(を食べる?)」と訊くと喜ぶおじいちゃん。で、Google検索で「シュガーフリーのハルワーの作り方」をチェックするスマーンさんであった。

続編3:Fennel フェンネル(ウイキョウ)編

Youtube:Google Search: Fennel, क्या होता हैं ?

(42秒:ヒンディ・パンジャービー語:画面下のキャプションボタンを選択すると英語など他言語での字幕が表示されます)

フェンネル(香辛料:ウイキョウ)編:ブリヤーニ(インド風炊き込みご飯)を作ることになり、材料のひとつのフェンネルを電話で注文するバルデブさん。

ド―ソー(200)グラム フェネル ベージュデーン(送って!)

ところが電話の相手の店員は英語名のフェンネルでは分からず、「フェンネルってそれは何です?」と答える始末。
そこでユースフさんが孫に「おい、フェンネルってヒンディー語でなんて言うんだ?」と尋ねます。
孫(アリーさん)はNexus7(タブレット)で検索します。

フェンネルはヒンディ語で「Saumfa ソーンフ」と呼ばれていることが判明。

「ソーンフ」だと答え、それをバルデブさんに伝える、というくだり。
フェンネルは、ウルドゥ語でもSaunf(ソーンフ)と呼ばれています。

ウィキペディアに「インドのスパイス一覧」ページがあり、そこに写真が載っていました。

List of Indian spices
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Indian_spices

世界の料理レシピ大百科:フェンネル
http://www.ikskr.com/spices/fennel

カレーにもよく使われるが、種は砂糖でコーティングされて、口さみしい時の足しに、また食後の口直しなどに広く食べられています。

続編4:Anarkali アナールカリ編

Youtube:Google Search: Anarkali, शेह-मात

(42秒:ヒンディ・パンジャービー語:画面下のキャプションボタンを選択すると英語など他言語での字幕が表示されます)

アナールカリ編:(もしかしたら、ユースフさんがラホールに帰る時が近づいているのか)ユースフさんの孫娘にアナールカリ・スーツ(女性用パンジャービー・ドレスの一種 参照:http://www.cici.jp/dress/pan-index.html )と呼ばれるドレスをプレゼントしたいバルデブさん。

でも2人共年をとっているのであちらこちら店をまわるのもしんどく、スマーンさん・アリさん(ここでユースフさんの孫の名前判明)のどちらを市場にやったらいいだろう・・・と2人が思案していると、スマーンさん、Google検索でスーツの一覧を出して「お店に行かなくても。ここでパソコンを見て探せるわよ」と答える。

「は~なるほど」と納得する2人。そしてスマーンさんは「お店に行く手間が省ける分、まだ外にチャート(豆やフルーツなどのサラダ)を食べに行く時間があるでしょ」と2人に言うと「おお!そいつはいい!」と大喜び。で、喜びのあまり触れた手がチェス盤の駒をバラけさせてしまい「あちゃちゃ、折角のチェス対局が・・・」とはご愛嬌なわけで。

役者さんの演技も自然で、それでいて微笑ましくなるユーモアのテイストが感じられるシナリオで楽しむことできたCMシリーズでした。

ラホール~デリー間ルート

ラホール~デリー間のルート(もし自由に国境を越えて往来できた場合の最短距離:Google Maps)


大きな地図で見る

デリー~ラホール間は480キロ、車で約8時間の距離だと、Google Mapsでは試算しています。
実際には、国際バス・鉄道運行された場合のみ国境を越えることができますが、通常は車両の往来はできず、物資の受け渡しは国境で人力を介して行われています。
陸路ですと、ラホール~ワガ国境~アムリトサル~デリーという経路が一般でしょうか。

GoogleのCMでは、ユースフおじいちゃんは、孫のアリさんとラホール~デリー間のフライト(PIA:パキスタン国際航空)でバルデブさんに会いに行く設定になっています。


帰路変道中記 2 : Kolkata – Bangkok – Narita

■7月24日(日曜日)
朝ごはん: 空港待合室でホットドッグとコーヒー 120バーツ(高っ)
昼ごはん: タイ航空の機内食
夜ごはん: 新宿のコンビニでお弁当など

ちなみに昨日(バンコク)はもう1回マッサージしてもらいました。噂のタイ式マッサージです。
うううん、何て言うんでしょうか、痛気持ちいいってゆうんでしょうか。いや痛かった・・・・(笑)。
さてさて今朝は7時のシャトルバス(100バーツ)でカオサン通り→空港に移動。チェックインもすんなり終わり数時間ぼーっと待合室で待っていました。
この時期バンコクに同期隊員が集結しているはずなのにカオサンでも伊勢丹でも誰にも会わなかったなー。・・・ううん。
で、この待合室でようやく同じ班だったTさんと再会しました。訓練所のときよりもほっそりしていましたが日焼け具合とか顔の表情がぐっとたくましくなった印象を受けました。
で、成田行きのタイ航空便は予定通り11:00(日本時間13:00)すぎに離陸。大きな揺れもなく無事19:00(日本時間)すぎに成田に着陸しました。
で、エアポートバスもこれまたスイスイ順調に都心に向かい、いまは新宿のビジネスホテル近くのネットカフェにいます。
マインズタワー(協力隊事務局のあるビル)からは徒歩3分のナイスな場所ですが、明日はまず広尾の研修所で帰国報告などをする予定になっています。
明日は他国の同期ともたくさん会えるのがとてもとても楽しみになっています。
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帰路変道中記 1 : Lahore – Delhi – Kolkata

2005年7月20日(水曜日)

朝ごはん: カレージー(肝臓カレー)+ローティ 11ルピー
昼ごはん: マトンカレー+ごはん 29ルピー
夜ごはん: 機内食を期待して食べません!(笑)

朝はホテルに程近いムスリム街(イスラーム)を回っていました。この地域ではウルドゥ語の新聞もありますし、シャルカミや白い帽子、ドゥパタ(体の線を隠す布)を着けた方を結構見かけます。
また普通に牛なんかも食べられたりしています。
で、朝食は屋台でカレーを。レバー(カレージー)カレーと小さいチャパティ(ローティ)でしたが11ルピーと実にリーズナブル。なんとなくの印象ではヒンドゥーの人よりムスリムの人のほうが優しいというか正直な人が多いような気がします。

この1週間、100ドル(約4300インドルピー)で生活することができました。もし空港まで余計にタクシーを使って行かなかったり、安物のサンダルを買って結局足が合わずに買いなおしたりしなければ(笑)500ルピーくらいは余るはずだったんですけどね。
さて今日は協力隊の方&マイルストーンの方にそれぞれ1枚ずつはがきを出しました(8ルピー)。
何日くらいでとどくでしょうねぇ。
で、何日も前からホテル(PARAGON)の人たちと約束していたオカリナ演奏を夕方していました。

ヒンディ映画の曲のレパートリーは

TUJEH DEKHA TO
HOGAYA HAI TUJUKO TO
KUCH KUCH HOTA HAI
MAIN HOON NA

の4曲しかないのですが、どれも好評でした。

で、MAIN HOON NA(2004年シャー・ルク・カーン主演)は舞台がコルカタから近いダージリンでしたので、これは大好きな人が多いようでした。
うん練習しておいて良かった良かった。
「パキスタンのシンガー(←私のこと)がインドの歌を歌った。これはとてもいいことだ」
なんて誉めてくれましたし、紅茶もごちそうになりましたし。
夕方4日ぶりに雨が降って少し涼しくなったコルカタでした。
あと1時間ほどで空港に移動し、21日AM2:00のタイ航空でバンコクに移動します。
いや~機内食楽しみにしているんですけど、夜だから出ないかな?(笑)


2005年7月19日(火曜日)

朝ごはん: 紅茶+トーストなど 6ルピー
昼ごはん: チャーハン+ワンタンスープ 65ルピー(龍鳳:ホテル近くの中華屋)
夜ごはん: グレービーライス(あんかけごはん) 20ルピー

マザーハウスのボランティアには行かない分、朝から市内を3~4時間かけてゆっくりまわりました。
コルカタ市内にはハウラー駅・シアルダー駅の2つの主要な発着駅があります。
それらを汗をかきかきまわってみました。
大変多くの人たちが行き交っていました。で、あちらこちらには物乞いをする人が。
パキスタンよりもそうした部分がはっきり見られるのがインドなんだなぁと感じています。
ハウラー駅へは対岸から渡し舟で行きました(片道3.5ルピー)。100人以上の乗れる大きな渡し舟ですが川面を渡る風が心地よく、これもパキスタンにはない光景・体験だなぁと新鮮に感じました。
ハウラー駅ではこの7月に出たばかりの最新のインド鉄道時刻表を購入(35ルピー)。次の旅の際の参考になりそうです。

ここ4日ほど雨が降らずむし暑いものの街中を歩くには都合のいい天気がコルカタ(カルカッタ)では続いています。


2005年7月18日(月曜日)

朝ごはん: マザーハウスでパン・紅茶
昼ごはん: ターリー(カレー3種+ごはん) 50ルピー
夜ごはん: サブジー(野菜カレー)+ごはん 7ルピー

朝MC(ミッショナリーオブチャリティー)につくとすごいたくさんのボランティアさんが集まっていました。
当日朝の飛び入りさんを含めて100人近くいたんではないでしょうか。
で、私が行っているプレムダンにも昨日よりも7~8人は多い方々が向かいました。
仕事は土曜日と同じでもうひとつの大部屋の清掃やら食事の世話などをしていました。
で、水曜日までやろうかなぁと思っていたボランティアですが今日でとりあえずおしまいにすることにしました。
とにかくボランティアが多すぎて働くことがあまりなく物足りないこととがまぁ主な理由です。
これから日本が夏休みを迎える頃になるともっと多くの方がやってくるということでしたが、その時期をはずしたころにまたここには来てみたいなぁと思っています。

で、そんなわけでいつもより15分ほど早めに午前の活動も終わり、気になっていたリコンファームの件を確認しにしないにあるタイ航空の営業所に向かいました。
着くと昼休み中ということで小1時間待っていざ店内に。
・・・・で、どうだったと思いますか。
な、な、なんとさすがインド。普通にリコンファームを受け付けしていました(笑)。いや~来といてよかったよかった。
これでチケットの件は一件落着し、ホテルへの帰り道でターリー(インド式カレー)のチェーン店に入って昼食をとりました。

ターリーは大きな金属皿の上にごはんと3~4種のカレーが器に入っているインド式カレーのことです。
豆+野菜+チキンのオーソドックスなカレーでしたが美味しかった!50ルピー(約125円)とややお高いですがしっかり味付けされていてあっという間にたいらげてしまいました。
街角ではカレーのほかにチョーメン(中華やきそば)、サモサ、プーリー(油揚げパン)などもういろいろなお店がでていて多くの人たちが昼食をとっていました。
それだけでなくしゃれたコーヒーショップやレストランもありそうしたバラエティはパキスタンよりもあって実に楽しいです。
残り2日ほどのコルカタ(カルカッタ)生活になりますが、あすあさっては市内をいろいろ気ままに楽しみながら巡ってみたいと思います。


2005年7月17日(日曜日)

朝ごはん: マザーハウスにてパン・紅茶
昼ごはん: エッグチョーメン(やきそば) 12ルピー
夜ごはん: 牛ステーキ 70ルピー+ラッシー 10ルピー

今日もマザーハウスへ。日曜日はストリートチルドレンのための支援プログラムがあるということで迷いましたが、結局昨日とおなじプレムダンに出かけました。
仕事は昨日と同じ。ただ大部屋の清掃がなかったのでかなり手持ち無沙汰な感じでした。
今日はスペイン人の人とよくおしゃべりしていました。あ、スペイン語じゃなくて英語で。「オラ!(こんにちは)」とか「グラシアス(ありがとう)」など訓練所でスペイン語圏のなかまが使っていたフレーズも思い出して使ったりしていました。

で、正午に仕事も終わり思い出したのがバンコク行きの飛行機のリコンファーム(搭乗意思確認)。
ホームページで見ると利用するタイ航空はリコンファームがいらないようなことを書いているのですが、ここはインド(笑)。いちおオフィスに確認しようと同宿の方が持っている「地球の歩き方」で住所を確認しているとどうも日曜日は休みのようです。
それで念には念を入れて空港のオフィスに行くことにしました。
地下鉄(METRO)でパークストリート駅→ダムダム駅へ行きそこからタクシーに。
インドのタクシーはぼったくるイメージがあったので警戒していたのですが、メーター制だしま、いいかとそのまま乗っていました。
で、空港に着いて請求されたのが110ルピー。(メーターの額面に一定の掛け率で換算します)。ま、この運ちゃん、乗ってすぐから「メーターだと高くなるから120ルピーで行ってあげるよ」と訳のわからないことを言っていたのでま、メーターにしといてよかったなぁと思っていました。

で、空港に着いたもののこちらもお休みということで目的は達成できず(笑)、そのままダムダム駅まで違うタクシーをひろって戻りました。
で、請求されたのが60ルピー(爆)。
おんなじメーター車なのになんで料金表示がちがうねん!!
夜はマザーハウスでボランティアをしている方の案内で美味しい牛ステーキを食べてきました。
それも70ルピーと言うリーズナブルさ。
いろいろなお話を聞かせてくださり楽しい時間を過ごすことができました。


2005年7月16日(土曜日)

朝ごはん: マザーハウスにてパン・紅茶
昼ごはん: サブジー+チャーワル(白ごはん) 6ルピー
夜ごはん: (別の店で)サブジー+チャーワル 7ルピー

早起きして、7時前にマザーハウス近くにあるミッショナリーオブチャリティーの建物に行きました。
7時半ごろになると、わっと人が中に。
無料のごはんの施しをしている様子でした。意外にみなりのしっかりした人が多かった感じ。
ボランティアにはパン・バナナ・紅茶の朝食が提供されていました。で、ありがたくいただきました。
そのまま流れで各施設に出かけていくので、自分と同じ「プレムダン」に行く人を探さなければいけません。
すると韓国から来ている方がそうだよとおっしゃったのでこの方々と一緒に30分ほど離れたところにある施設に向かいました。
到着すると早速エプロンをつけて作業開始。

1 大部屋の壁をたわしでこすってきれいにする。
2 床を洗剤でみがき、水洗いする。
3 ふたたびベッドをセッティングする(マット・まくら・シーツ)

↑30人くらいの大部屋ですが、みんな同じように見えるマットでもこだわりのモノがあるようで、「こっちと取り替えてくれ」と言ったオーダーが多かったのは面白かったです。

4 食器などの洗い、床のそうじ、バケツに水を補充などこまごました作業

をしているうちに10:30のティータイムに。

ここではボランティアが集まってバナナ・紅茶・クラッカーをいただきながら休憩していました。
そのあと、11:00からは食事の給仕をボランティア総出でやります。1枚の金属皿にごはん・カレー2種(野菜+豆)・あげたチャパティを盛ってもらい、入所している方の所に持っていきます。場合によっては食事介助をしたりしました。

そして食べ終わったら、すばやい流れ作業で食器を洗い、12:00ちょっと前にはボランティア活動終了。
長期間されている方も多いようでまぁ見事なボランティア活動でした。
で、ヒンディ(ウルドゥ)語は結構使えました。あとヒンディの歌はかな~りいい感じで受けていました。「なんでこの日本人がヒンディ語を知っているの?」って不思議そうでしたけれど(笑)。
そのあと日本人の方と一緒にその方お勧めのラッシー(ヨーグルトドリンク)屋さんへ。10ルピーですが、パキスタンでも味わったことのない濃厚な一品でもう1杯お代わりしてしまいました。
そしてご一緒に近くのカレー屋さんに。
いいボリュームのごはんとサブジー(野菜カレー)でたったの6ルピーとは驚きでした。
パキスタンよりも割安感がありすぎです。


2005年7月15日(金曜日)

朝ごはん: プラタ+サブジー(野菜カレー) 9ルピー
昼ごはん: 白ご飯+サブジー 20ルピー
夜ごはん: チキンチョーメン(やきそば) 15ルピー

手元にある地図をもとに、朝からマザーテレサの家を探しに出かけました。何度も間違えながらようやく到着し、ボランティアの希望をシスターに告げると午後2時45分に来てくださいとのお話。
それで、それまでの時間、地下鉄を使ってコルカタ(カルカッタ)市内をあちらこちら移動しました。
地下鉄は1995年全線開業。4ルピー~6ルピーのリーズナブルな値段です。駅によってはエスカレーター&エアコン完備でいい感じ。

そのまま時間をつぶして、2時半過ぎに再びマザーハウスに到着しました。やや暫く待った後、ほかのボランティア希望者の方々と2~300mほど離れた施設へ移動しました。
今はバカンスの時期と重なっているとのことでざっと30人近い方が集まっていました。日本人は4人であとは韓国の方が1人、それ以外は欧米の方々でした。

夏の期間、こちらで奉仕活動をされているというMさん(日本人)が親切丁寧に概要を説明してくださいました。
カーリガートの「死を待つ人の家」から始まったマザーの事業は素晴らしいシスターたちに引き継がれ、8つぐらいの場所(コルカタ市内)で活動を展開しています。さらに世界各地にもマザーの事業が広がっているとのことでした。

CEC JAPAN NETWORK | マザーテレサ・ボランティア活動
http://www.cecj.net/india/index.html

そのあと、ボランティアの面倒を見ていらっしゃるシスターに希望者が1人ずつ呼ばれていました。
そして私の番に。

シスター:「どこで働きたいですか?」
私:”I don’t mind.゛(どこでもいいです)
で、1~2秒じっと見つめられたあと
シスター:「あなたはプレムダンに行ってください」

とおっしゃいました。
プレムダンは身寄りのないお年よりの面倒を見ている施設とのことです。

明日は朝7時に行って同じプレムダンへいかれる方と一緒に活動してきます。(午前中の活動予定です。)
コルカタ(カルカッタ)にはこのためだけに来たのでほんの少しの期間ですけれど色々経験できればと思っています。


2005年7月14日(木曜日)

朝ごはん: ナン+ダール(豆カレー)+サブジー(野菜カレー) 20ルピー
昼ごはん: 白ご飯+サブジー(野菜カレー) 7ルピー
晩ごはん: グレービーチョーメン(あんかけ焼きそば) 12ルピー

朝8時まで空港ロビーで夜を明かし、プリペイドタクシー(195インドルピー)でサダルストリートへ。
イスラマバードの隊員ドミトリーに置いていたガイドブックを参考して「PARAGON(パラゴン)」という宿に泊まることにしました。
ベッドしか置けないチョー狭いシングルルーム(言い値の250ルピーを100ルピーに負けてもらって(笑))でしたがまずは荷物が置けて一安心。

その後は近くを歩いているとムサルマーン(イスラム教徒)だという若いお兄ちゃんに誘われて朝食(ベジタリアン)と彼のお店に連行されました(笑)。
彼らの口八丁手八丁に内心笑いながらもウルドゥ語で楽しく会話。

↑のような人は100%「悪質&あやしい客引き」です。確かにパキスタンよりもかなり高い金額(3倍4倍)を吹っかけてきました>同じ品物

ですので、慣れない方には「昼間から日本語を話し掛けてくる&親切に声をかけてくる」インド人は注意されたほうがいいです。絶対に。

ベンガル語が幅を利かせる地域ですが、ウルドゥ、もといヒンディ語が普通に使えるのはありがたいですね。
ただ、

シュクリヤ(ウル)→ダンニャワード(ヒン)、ドンノバード(ベン)
アッサラームアレイクン(イスラム)→ナマステ(ヒン)、ノモシュカール(ベン)

あたりは言い方を気をつけたほうがいいみたいですが。それでも英語が普通に使えてしまうのはさすが。
その後このように普通にインターネットができるお店で快適にメールやページの更新をしていました。日本語も普通に使えてありがたや。

昼からはインド博物館に行ってきました。何かさすが大英帝国って感じで豊富な展示に圧倒されました。ほんとすげーって感じ(笑)。

で、この街にはかなりたくさんのムサルマーン(イスラム教徒)が住んでいることを知ってびっくりしました。サダルストリートに並ぶ店を見ていると白いトーピー(帽子)を被ったムサルマーンらしい人をちらほらみかけました。

そうした人たちが経営するお店ではメニューにBEEFが書いてあったりしますしね。
そのお店ではサブジー(野菜カレー)とチャーワル(白ごはん)を手で食べましたが、美味しかった!
しかも値段が7ルピー(約15~17円)という安さ!

これははまりそうです。


2005年7月13日(水曜日)

朝ごはん: プラタ+チャネ(豆カレー) 18ルピー
昼ごはん: 機内食(PIA) サンドイッチ+紅茶
晩ごはん: 機内食(インドエア) ごはん+カレー+ヨーグルト+サラダ

ラホール空港までマイルストーンの方に送っていただいた後、出国手続き→搭乗手続きへとスムーズに進みました。
そして定刻(14:30、日本時間18:30)よりやや遅れてデリー行きのPIA便は離陸しました。飛行機の車輪が滑走路を離れる瞬間はグッと胸にくるものがありました。
機上から見るインドの大地もパキスタンと同じ様子でしたが、いたるところに大雨による洪水のあとが生々しく見られたのが印象的でした。

デリーも天候不良でしばらく迂回飛行を続けていましたがようやく17:00(日本時間20:30)にデリーに着陸しました。
そこから、連絡バスを使って滑走路の対面にある国内線乗り場へ。
こちらも定刻よりかなり遅れて20:30(日本時間0:00)にコルカタ(カルカッタ)行きのエアバスは離陸しました。いや~、ちゃんと機内食は出るし綺麗な機体で感動しました。
そしてコルカタ(カルカッタ)についたのが22:30(日本時間(02:00)。だいぶ遅くなってしまったのでそのまま空港のロビーで一夜を明かしたのでした。
コルカタはちょうど雨季に入ったとのことで夜通し雨が降り続いたのでした


パキスタン・イスラマバードでのインドビザ取得

初稿:2005年7月2日 更新:2018年5月21日(指定空港着の場合のアライバルビザ追記、章立て、リンク追加)

はじめに

インドはビザ制度の変更が多い国です。
取得をご予定の際は、適宜最新の情報をチェックしていただくことをお勧めします。

日本人向けアライバル・ビザ(指定空港着の場合)

2017年4月1日より、日本人向けに指定空港(バンガロール、チェンナイ、デリー、ハイデラバード、コルカタ、ムンバイ)に到着した場合、アライバル・ビザが発行されています。

Embassy of India, Tokyo | 日本人向け到着時ビザプログラム
https://www.indembassy-tokyo.gov.in/jp/visa_on_arrival_jp.html

インド旅行ガイド ランジャンの日記 | インドアライバルビザの取得方法(2018年4月20日)
https://ameblo.jp/ranjan/entry-12150953945.html

アライバルビザに依らず、日本でインドビザを取得する場合

以下のリンクをご参照ください。

ビザ | インド大使館領事部
https://www.indembassy-tokyo.gov.in/jp/visa_services_jp.html

インドビザについて 種類と取得方法 2018年最新 | VISA APPLY jp
https://visa-apply.jp/india/

インドビザ未取得でパキスタン→インド入国(指定空港以外:陸路など)をお考えの場合

最新の情報は在イスラマバード・インド高等弁務官事務所(大使館に相当)領事部の案内をご参照ください。

Visa Services | High Commission of India, Islamabad
https://www.india.org.pk/pages.php?id=19

若者の脱サラバックパッカー | パキスタンでインドビザ申請 テキトー過ぎんだろ!(2015年12月15日)
http://datsusarabackpacker.blog.jp/archives/1047554629.html

↑でシェアしてくださった情報では、

とのことです。

2005年にイスラマバードでインドビザを取得した記録

2005年7月2日記述

旅行人の掲示板
http://www.ryokojin.co.jp/mfb/main/00822021303.html
にも日本以外でインドビザを取得するときの話題が出ていましたが、

パキスタン・イスラマバードでの取得は
① お金がかかる(3300PKR : 2010年1月現在のレートで3600JPY)
>> 日本で取得なら1200JPY
② 3ヶ月シングルが普通だし、以下記述の通りかなり面倒
>> 日本で取得なら6ヶ月マルチが普通
という理由から、事前に日本で取得できるならそちらをおすすめします。

インド領事館の略地図

インド領事館の略地図

日本大使館からRecommendation Letter(レター)をもらう。

日本大使館の領事部へ行き、所定の用紙(A4サイズ1枚)に記入し申請します(無料)。お願いすれば翌朝に発行してもらえます。

レター

レター

日本大使館からのレター

申請用紙(2枚)・写真(2枚)・手数料(3300ルピー=約6000円)の準備

申請用紙への記入はこちらのサイトがとても参考になります。

「ビザの書き方」(たいしかんだっち)
http://www2.bitnex.com/~akemi/visa.html

申請用紙

申請用紙

縦長の赤い用紙です。(2枚用意します)

いざ申請!

インド領事館へは日本大使館そばのチェックポイントあたりから大使館区域(DiplomaticEnclave)を循環するバス(往復30ルピー)を利用して向かいました。
レターをもらったのが朝10時過ぎ。掲示板などでの話では領事館のビザ申請セクションあたりにたくさんのパキスタン人が並んでいるよ・・とのことでしたが、まさにその通りでした。
こりゃダメかな・・とも思いましたが、警備員に呼ばれてうまくそこを通してもらい、ビザ申請の列に並ぶことができました。

ビザ申請窓口は1番から5番まであります。

1番:アメリカ人など限定
2番:その他外国人(日本人も)&商用
3番:パキスタン人
4番:パキスタン人(女性)
5番:その他

順番が来ると、窓越しに係官とやり取りをします(英語かヒンディ(ウルドゥ))。協力隊員が持っている公用旅券だと6ヶ月マルチビザ&料金無料なんですが、帰路変更で個人パスポートになると3ヶ月シングル(ねばってダブルにしてもらいました)&3300ルピー(2005年当時のレートで約6000円)となります。
(パキスタン人は一律15ルピー(2005年当時のレートで30円)です!)

ビザ引き換え票

ビザ引き換え票

ビザ引き換え票
ビザの発行は1週間後で、この票を持ってインド領事館にまた出向くことになります。

受領しました。

インドビザ

インドビザ

さてさて1週間後の17:00に領事館に出向くとすぐにビザをもらえました。・・・でパスポートに貼られたビザを見てみますと、ありゃりゃ、6ヶ月のマルチビザになっているじゃありませんか。
秋にインド再訪を計画しているしお金も大枚はたいているしもらえてよかったのですが、じゃあの窓口のやりとりはなんだったの?という感じでした。