パキスタンの障がい者団体一覧

Saaya Association サーヤ協会:パキスタンの障害当事者団体

初稿:2011年3月5日 更新:2018年5月24日(章立て・動画追加)

Saaya Association : サーヤ協会

http://www.saayaassociation.com/

SAAYA Association サーヤ協会は、2009年にパキスタン・イスラマバードで設立された障害者団体です。
代表を務めるのは Asim zafar アシム・ザファルさんといい、私が協力隊時代から交流のある Milestone マイルストーンという障害者団体の代表を務めていらっしゃったので、その時以来の友人です。

そのアシムさんがいろいろな過程を経て、もとの住まいだったラホールからイスラマバードに居を移して立ち上げたのがこのSaaya Association サーヤ協会です。

Saaya サーヤはウルドゥ語やヒンディ語の単語です。訳すと“Shade(ひさし、覆い)”とか”Shadow(影、保護する)”などの意味です。アシムさんは“Shade”の意味だと話していました。
パキスタンの国歌の最後の一節、「全能の神の象徴なり」の「全能」の単語にこのSaayaを充てています。

意味合い的には遍く全ての人を包むというような大きなイメージがサーヤ協会の名前にはこめられているのではないかと思います。

2011年3月5日:事務所訪問

昨日3月4日(金曜日)、短時間ですが、イスラマバードI10エリアにあるサーヤ協会の事務所を訪問しました。

動画:事務所に設置されていたエレベーター

前回2010年9月に訪問した際にはなかったエレベーターが設置されていました。
停電の多いパキスタンの事情もあって、電気だけでなく手動で動くようになっています。

事務所の2階で自立生活を始めた障害当事者さんがいるとのことで、その方のアクセス用にも活躍しているようです。

動画:障害者の介助サービスについて説明をするアシムさん

昨年2010年12月から介助者の派遣サービスを始められたとのことです。
気になるのは介助者が報酬を受けられるかどうかということでしたが、ローカルコミュニティから少しずつ援助を貰っているというようなお話で些少だと思いますが報酬を受けたサービスになっているようです。

以前マイルストーンがラホールで同様のサービスを試行していたことがありましたが、現段階ではパキスタンで唯一が片手で数えるほどしかないサービスをサーヤ協会は実施しているとのことでした。

具体的に一人ひとりの利用者さんの時間管理のファイルを作り、誰々が派遣されるかなど細かく設定されていました。
うん、これはすごいなと思いました。
今日は金曜日で(午後から礼拝がある)半ドンになってしまう日なので、帰国前に改めて介助の実際を見てみたいと思っています。

2010年9月:水害被災地での活動

2010年夏、パキスタン全土で大規模な水害が発生しました。
被災地のひとつ、ハイバル・パフトゥンハー州リサルプールへ向かうサーヤ協会の方たちに同行しました。
協会の方たちは、被災した方たちのところへ赴き、救援物資を配布するとともに、各テントをまわりました。車いすを使ったことがないという障がいのある方たちには、車いすを使って外に出ていこうよ、と訴える取り組みをされました。

Youtube | 2010sep04 Motivating a PWDs at Risalpur,KPK

同州マルダーンの障害当事者の仲間にウルドゥ語→パシュトゥン語で通訳をしてもらいながら訴える、代表のアシムさんです。

Saaya(障害当事者団体)の方とリサルプール Risalpurへ:2010年9月4日(土曜日)
/2010reliefactivity2.html#Saaya_Risalpur201094

2009年12月:事務所初訪問

サーヤ協会を初めて訪れたのが、2009年12月初めのことでした。

動画:2009年当時のサーヤ協会メンバー

事務所はF10マルカズ(市場)のすぐそばにありました。
2階建ての建物の1階部分を事務所兼自立生活の体験ルームとして使っていました。
設立されてまだ日が浅いころで、いろいろな活動を試行錯誤しながらされていたことを覚えています。


Welcome Ms.Abia and Ms.Saba from STEP,Pakistan

Ms.Abia Akram アビアさん、Ms.Saba サバさんのお二人を西宮に迎えての歓迎会にて。
私たち、Mainstream Association メインストリーム協会(NPO法人:障害者団体)のメンバーで彼女たちと一緒に、パキスタンの仲間たちへメッセージ。
Jindaa Baad(Viva!) ジンダーバードとは、ウルドゥー語で「万歳」という意味。
「○○ジンダーバード!」で「○○万歳!」というかけ声になる。この言葉はかなーりマジカルワード。「パーキスターン、ジンダーバード!」と言えば、「パキスタン万歳!」ということで、これを聴けば必ず喜んでくれます、パキスタンの人たち。

2010年02月21日(日曜日)

15:00すぎ、東京から新幹線→在来線を乗り継いで、お二人がJR西宮駅に到着。

Ms.Abia アビアさんはGlobal Independent Living Training Course 自立生活研修のために東京の障害者団体の招きで来日されている。
Ms.Saba サバさんはアビアさんの介助者(パキスタンでは、Personal Assistant パーソナルアシスタントという呼称を使っているそうだ。)。
日本で滞在されるうちの何日かを西宮での研修に充てていただくこととなり今回おいでになった。
”せっかく来ていただくんやから、みんなで歓迎せななぁ”と、KADOTAさん(メインストリーム協会理事長)。
まずは駅にて歓迎せな・・・と都合がつく人で集まった次第。

駅で来西を歓迎した後、連れだって事務所まで移動する。

Ms.Abia アビアさんは、STEPSpecial Talent Exchange Program ステップという障害者団体に所属している。

STEP: Special Talent Exchange Program
Official Website http://www.step.org.pk/
image

2010/02/21 閲覧

STEP : イスラマバードの障害者NGO
http://www.ktc-johnny.com/2005-04-09-step.html

そのSTEPの中に自立生活センターとして Capital Independent Living Center を設立し、その中で活動をされているとのこと。
その他にも、DPI-Pakistan(国際障害者組織DPIのパキスタン地域の統括団体)、HI(Handicap International、DPIと同様の国際障害者組織)などでも活躍をされている才媛だ。
今回の来日の目的のひとつは、その最近設立された自立生活センターを具体的にどう運用していけばよいのか、そのノウハウを学ぶこと。
東京でも研修を積まれ、そして今回西宮でも研修をされることとなった。

事務所に移動して、大きなテーブルを囲み、自己紹介や雑談が続く。
日曜日の夕方近くだったけれど、当事者、介助者入り乱れながら常時20人近くの人が手狭になった事務所にぎっしり詰めかけ場を時間を共有している。
ひとしきり話し込んだあと、事務所2階のILルーム(自立をするためのトレーニングができる体験部屋)でお二人にしばらく休んでいただいてから、夜別会場にご案内する。

今回、西宮においでになることを聞いたのが1週間前。
でも、このメインストリーム協会のスゴイところは、こうした研修生受け入れ、各種パーティを毎週行っているような感じなので、すぐに対応できるところ。
今週もフィリピンからの研修生を受け入れていて、パーティーは今週3回目になるんだ。
講義・ディスカッションも大切にしつつ、こうしたアットホームな環境の中で全力でおもてなしをする、その居心地の良さをたっぷり味わってもらう、そこにもとても力を入れている、いや力は入ってないな、自然なスタイルになっているんだな。

パキスタンからお客様。
日本では食事に苦労することが多い。
一般のイメージは、イスラーム=豚肉ダメ、ということですよね。
でも、それだけじゃぁないんだな。他の肉でも食品でも、HALAL ハラル、しきたりにのっとってさばかれている&こしらえているかということを確かめるムスリムが多いんですね。
男性は、外国に来るとお酒を飲むこともあるし、食事もさほど神経質でない人が多いけれど、女性はそこは厳しい人多いですかね。

Wikipedia(JP): ハラール
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%A9%E3%83%B…

なので、今回用意した食事(焼き鳥、お酒、いろいろ)は食べられへんかったね。で、かわいそうなのでお菓子(チョコレートなど)を用意して食べてもらうようにしたり。
彼女たちはパキスタンからラーメンなどを持ち込んで来ていてそれを料理したり、カレー屋さんで豆カレーなどの野菜料理を食べるようにしているとのことだった。

そういう苦労はあるけれど、「自立生活のことをしっかり学びたい!」という意欲はすごい。
パーティー中も、特に利用者(障害者)さんと積極的に関わり話し込んでいらっしゃった。

KADOTAさんともお話を。
パキスタンにいるときから、うわさはお聞きしていたけれど、こうしてお会いできてとてもうれしい!と語るアビアさん。
KADOTAさんも、志ネットワークのお話をしたりしながら、生涯をかけてこの運動に取り組む意気込みを語っていらっしゃった。実に熱い場だったんだ。

それと、KADOTAさん、こうもアビアさんに言ってた。

「いま、私たちはアジア支援からスタートして、中米(コスタリカ、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア)支援までさせていただくようになったけれど、その始まりは2003年のパキスタンやったんや。その1回目のセミナーが大成功して、そこで確信を持てたから続けて海外支援がやってこれたと思ってるねん。どの国も支援していきたい、大切にしたい気持ちは同じやけど、特にパキスタンに対してはひとしおの思い入れがあるねん」

こういう、人がどっと集まってくる勢い、アットホームな雰囲気、KADOTAさんたち会いたいと思った方に会えたこと、
たぶんそういうのがミックスされてると思うけれど、お二人とても感激してはったなぁ。
Bahut Accha Lagaa とってもスゴイですね、と何度も何度も話していた。

西宮での滞在予定は24日まで。
短いけれど、これからも連携を密にとっていきましょうと改めて確認。
明日月曜日からは研修やディスカッションなどを重ねる。

——
後日追記
3泊4日の日程でしたけど、アビアさん、サバさん、とっても堪能していただけたようです。西宮。

動画:自分史、イスラマバードでの活動についての講演会

動画:レクリエーション研修:ローバレーボール(転がしバレーボール)

動画:帰京前に西宮駅で記念撮影

帰京してすぐパキスタンへ帰国されたアビアさんたち。
帰国後すぐに仕事が山積しています。
きっと今年またイスラマバードに行けると思うので、再会が楽しみです。


جينا ہے سب کیلئے ジーナー ヘィ サブ ケリエ (みんなのために生きよう!:ラホールの障害当事者団体マイルストーンのテーマ曲)

2012年8月12日追記:
Youtubeに Jiina Hai Sab Kelie の曲がアップされています。
YouTube Preview Image


2005年9月30日追記

マイルストーンのスローガン横断幕

↑マイルストーン(ラホールの障害当事者NGO)のオフィスにこのような横断幕が掲げられています。
ウルドゥ語で書かれているのは
“Jiinaa Hai Sab Kelie(ジーナー へ サブ ケリエ)”というスローガン。
「みんなのために生きる」とか「生きることはみんなのため」
というような意味になるかと思います。
どの人も等しく社会のなかでなくてなならない尊い人たちなんだ!・・・そのような思いがこめられているように感じています。

ミーティングの様子

↑2005年9月28日(水曜日)夕方、世界銀行(The Wold Bank)でアドバイザーを務めていらっしゃるMs.Judy Heuman(ジュディ・ヒューマンさん)がラホールのマイルストーン事務所を訪れました。
彼女はアメリカ・バークレイにある世界初の自立生活センターで仕事をなさったあと、クリントン政権下では教育省次官を歴任、その後世界銀行で活動を続けていらっしゃいます。

「アメリカの1年 No.6」(ジュディさんの紹介が載っています)
http://www.asahi-net.or.jp/~YS2K-SIK/00usa/america6.htm

先日イスラマバードで開かれていたCBSHODに参加された後、ラホールにお出でになりました。

16:00からはじまったミーティングは19:00近くまでそれは熱のこもったものになりました。
マイルストーンの活動について一人ひとりにお聞きになっている彼女の姿が大変印象的でした。

↑の写真で中央立っているのはマイルストーンメンバーの方です。彼は聴覚に障害があるため手話を使ってお話をなさっています。

これまで、肢体不自由・視覚障害のある方々がメンバーの多くをしめていましたが、最近では聴覚障害の方々が多くマイルストーンの活動に参加されるようになってきました。
障害種に関係のない広い交流の場(クロス=ディスアビリティ Cross-disability)がここにできつつあります。
手狭になっている事務所の問題、財政的な課題などなど率直な現状がこの場で彼女に伝えられていきました。彼女としても、また同行されたパキスタン事務所スタッフとしてもその問題を理解されていたようです。

最後は事務所前で記念撮影。あっという間に感じられた大変中身の濃い3時間でした。

記念撮影


Special Talent Exchange Program(STEP) : イスラマバードの障害当事者団体

初稿:2005年4月9日 更新:2018年5月25日(リンクチェック、文章手直し)

本項は、イスラマバードの障害当事者団体STEP(Special Talent Exchange Program)が2005年4月に開設したILセンターを訪れた際の様子を記したものです。
この当時のILセンターの所在地と、現在のSTEP事務所の所在地は異なります。詳しくはSTEP担当者までお問い合わせください。(2018年5月)

Special Talent Exchange Program (STEP)
http://www.step.org.pk/
https://www.facebook.com/STEPIslamabad/


2005年4月9日

パキスタンで活発に活動している障害者の方のNGOがたくさんあります。
イスラマバードにも「STEP(ステップ)」というNGOがあり、これまでもさまざまな運動を繰り広げてきました。
過日(2005年4月1日金曜日)にイスラマバード市内にIL(アイエル=Independent Living=自立生活)センターがオープンしました。

STEPのILセンター

STEPのILセンター

↑STEPのメンバー関係者の方から家屋の提供を受けて、
このたびILセンターがオープンしました。

STEPの看板

STEPの看板

↑STEPが活動をはじめて6~7年ほど経ちますが、これまでは公園やレストランで集まって打ち合わせを行うなど工夫されてきました。

ILセンターに掲げられていた詩

ILセンターに掲げられていた詩

↑”何か困ったことがあったならSTEPにいらっしゃい!私たちはあなたにどうすればいいかをアドバイスすることができるし、一緒に歩いていけるんだよ”と彼らの意気込みが記されていますね。

ゲストとしてこられた日本のみなさん

ゲストとしてこられた日本のみなさん

↑今回のオープニングセレモニーにはちょうどパキスタンを訪問中であったダスキン・愛の輪財団の方や日本障害者リハビリテーション協会(JSRPD)の担当者の方々もご招待を受けてお出でになっていらっしゃいました。

ダスキン・愛の輪財団では毎年アジア各地から障害当事者の方々を日本に招いてリーダー研修を積極的に推進されていらっしゃいます。

これまでもMILESTONE(マイルストーン:ラホールのNGO)などから派遣された方々がパキスタンに帰国されて日本で培った経験をあますところなく発揮していらっしゃるところです。

スピーチの中で、愛の輪財団の方は
「パキスタンでは障害者の方たちが自分らしく生きるための自立生活運動を活発に行うアジア有数の国だと感じています。STEPのみなさんの今後のご活躍を祈っております。」
など温かい激励の言葉を述べていらっしゃいました。

ILセンターの概要を説明されるメンバーの方

ILセンターの概要を説明されるメンバーの方

↑STEPのメンバーの方はAPCD(アジア太平洋障害者センター:本部バンコク)の研修を重ねて受けるなどしてノウハウを積み重ねていらっしゃるところです。
プレゼンの中でも3年計画でILセンターの整備を進めていきたいとのお話がありました。

ILセンターでは障害当事者の方が運営を行い、
重度障害のある方への介助サービス
いろいろな問題の共有・解決を図るピアカウンセリング
権利獲得のためのさまざまな運動
を展開しています。
パキスタンでは先ほども紹介したMILESTONE(マイルストーン:ラホール)が2004年にパキスタン発のILセンター(ライフ自立生活センター)を設立しました。
STEPのILセンターはそれに続く第2号となります。(イスラマバードでは初めて)

多くの方がセレモニーに参加されていました。

多くの方がセレモニーに参加されていました。

↑障害当事者の方も含む40~50人ほどの方々が参加するにぎやかなセレモニーとなりました。

セレモニー後のひととき

セレモニー後のひととき

↑今回はMILESTONEのシャフィークさん(左)も自ら車を運転してこのセレモニーに参加されていました。(この数日は日本のゲストの方を案内されていたそうです)
パキスタンでもSTEPやMILESTONEのように若いメンバーを中心とした障害当事者の方の団体が活発に活動を展開するようになりました。

そうした心意気に触れて、日本からも多くの障害当事者の方がパキスタンの彼らのもとを訪れるようになってきています。
いまこのイスラマバードの地で灯った明かりがパキスタン全土の障害のある方を照らす光となることを願い、応援していきたいと思います。


パキスタンの障害者・障害児の現状

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障害者人口比較(日本・パキスタン) | 障害児学校数(パキスタン) | パキスタンの障害児者の現状(メモ)

初版&最終更新日 2005年03月04日


1 障害者人口比較

 パキスタン(公式発表) パキスタン(1999年) 日本(2001年) 
総人口 1億3235万2279人  1億2729万1000人(約) 
障害者人口 329万3155人
 
1305万5000人
(0-18歳児705万人) 
655万9000人
397万5000人(精神障害者除く) 
障害者の割合
(精神障害者除く) 
2.48%
 
10%強
 
5.15%
3.12%(精神障害者除く) 

 パキスタン(公式) パキスタン(1999年) 日本(2001年) 
視覚障害
(Blind,Visually Impaired) 
26万5398人
 
261万1000人
(0-18歳児 141万人) 
聴覚障害
(Deaf,Hearing Impaired) 
24万3683人
 
130万5000人
(0-18歳児 70万5000人) 
351万6000人
(視覚・聴覚・肢体不自由総計) 
肢体不自由
(Crippled,Physically) 
62万5785人 522万3000人
(0-18歳児 282万人) 
精神障害
(Insain,Psychosis) 
21万0854人 —– 258万4000人 
知的障害
(Mentally,Retarded) 
25万0184人 261万1000人
(0-18歳児 141万人) 
45万9000人 
重複障害
(Having more than….) 
27万0451人 130万5000人
(0-18歳児 70万5000人) 
—– 
その他(Others) 142万6800人 —– —– 

註:
障害名の英語表記はパキスタン公式統計に因っている。
その他(Others)の指す障害の種別は不明。
戦負傷者が統計に含まれている(パキスタン)。

  • WHO、世界銀行などの推計(パキスタンにおける障害者の割合)は約10%
  • 概してアジア各国の障害者調査では低レベルの割合が報告される傾向がある。(1986年タイ=0.74%、1980年ネパール=3%台、1987年中国=4.90%)
    →障害を「恥」や「罰」と考え、家族が障害者の存在を隠すことが多いと見られる(パキスタンなど)。

  • パキスタンにおいては、近親結婚が原因と見られる事例が多い。
    → 兄弟・姉妹・親族に複数の同一障害者が存在する。

    <出典>

  • パキスタン(公式発表):特別教育部門(Special Education Wing:社会福祉・女性開発・特別教育省所属)のHPより
  • http://www.pakistan.gov.pk/women-development-division/informationandservices/se-disabled-population-overall.html
    ・・・おそらく、1998年に実施された国勢調査に基づいたデータだと思われる(筆者註)。

  • パキスタン(1999年):National Counsil for Social Welfareの調査データ(1999年7月)を収録したJICAパキスタン事務所発注の調査報告書”Country Profile Study on Persons with Disabilities”(2000)から転載。
    → 国別障害関連情報(2002年3月:JICA企画評価部:PDF文書)

  • 日本:平成16年度障害者白書HPより ←障害者基本法の規定により毎年国会に提出されている。
    http://www.op.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h16hakusho/zenbun/html/zuhyo/fig02_01_02.html


    2 パキスタンの障害児教育諸学校の総数(職業訓練校も含む)

    上段=政府HPによる連邦立の学校数 下段=雑誌パキスタンスペシャル2004年6月号より転載

     人口(比率) 視覚障害 聴覚障害 知的障害 肢体不
    自由 
    重複障害 職業訓練
    校 
    高等専門
    学校 
    合計 
    イスラマバード 80万5235人
    (0.6%) 

    1
    (3) 

    1
    (1) 

    2
    (2) 

    1
    (1) 

    1
    (6) 

    1
    – 

    5
    – 

    12
    (13) 

    パンジャーブ州 7362万
    1290人(55.6%) 

    5
    (45) 

    5
    (33) 

    5
    (18) 

    4
    (16) 

    1
    (23) 

    1
    – 


    – 

    21
    (135) 

    シンド州 3043万
    9893人(23.0%) 

    3
    (9) 

    1
    (12) 

    2
    (10) 

    2
    (5) 

    1
    (23) 

    1
    – 


    10
    (59) 

    北西辺境州 1774万
    3645人(13.4%) 

    2
    (16) 

    2
    (15) 

    2
    (5) 

    2
    (11) 


    (8) 

    1
    – 


    – 

    9
    (55) 

    バロチスタン州 656万
    5885人(5.0%) 


    (4) 

    1
    (2) 

    1
    (2) 

    1
    (4) 


    (1) 

    1
    – 


    – 

    4
    (13) 

    ノーザンエリア
    (ギルギット) 
    —– 


    – 

    1
    (2) 


    – 


    (4) 


    (1) 


    – 


    – 

    1
    (7) 

    アーザード
    カシミール 
    —– 


    – 


    – 


    – 

    1
    (1) 


    – 


    – 


    – 

    1
    (1) 

    合計  

    11
    (77) 

    11
    (65) 

    12
    (37) 

    11
    (42) 

    3
    (62) 

    5
    – 

    5
    – 

    58
    (283) 

    註:
    雑誌パキスタンスペシャル2004年6月号によると、上記の学校にて約2万人の障害児が学んでいると記載されている。
    パキスタン(1999年):National Counsil for Social Welfareの調査データ(1999年7月)を収録したJICAパキスタン事務所発注の調査報告書”Country Profile Study on Persons with Disabilities”(2000)から転載によれば、0-18歳の障害児の数は705万人とされており、それを基に計算すると上記の学校で学ぶ生徒は同年代の障害児の約0.2%ということになる。

    <出典>

  • 上段の連邦立の障害児・者支援学校数・・政府HPより
    http://www.pakistan.gov.pk/women-development-division/informationandservices/se-education-centers.html

  • 下段の総数は雑誌パキスタンスペシャル(Monthly Pakistan Special)2004年6月号(ウルドゥ語版35ページ)

    3 パキスタンの障害児者の現状について(メモ)

    <障害児教育>

  • 低い障害児就学率・・学校に通えるのはスクールバスなどに自力で乗れることができるなど身辺自立が出来ている子どもに限定されがちである。
  • 日本ではマンツーマンが普通の肢体不自由養護学校でも10人以上の子どもを1人の教師が見なければならないなど、十分な教育的ケアが行うことのできない現状。
  • 日本と異なっているのはアテンダント(介助人)がたいていの障害児学校のクラスに配置されている(1クラス1名~2名)。アテンダントは専門的な教育を受けておらず、お茶汲み係やただ教室の見張りをするだけのことが多い。
  • 学校の配置数・・地域によって大きな格差が存在する。イスラマバード、パンジャーブ州(ラホール・ラーワルピンディ)、カラチ、ペシャーワルなどに集中している。バローチスタン州・北西辺境州(地方)・シンド州(地方)・ノーザンエリア・アーザードカシミール(パキスタン実効支配)での学校不足は深刻である。

    <障害者支援>

  • 障害者への財政支援(年金など)制度は皆無に近い。→イスラームのしきたりにのっとり富者が貧者にお金や食べ物を恵む恩恵的なシステムや考えに依存している。
  • 公務員採用において障害者の就職枠が設定(1%→2%)されているが、おもに受付、簡単な事務作業などに限定されており、行政の中枢部分での障害者の参画は話に聞かない。
  • 故ジア=ウル=ハック大統領の子息が障害者であったことから、ハック大統領の在任中(1980年代)は障害者施策が次々に打ち出されていた。しかし、その後は財政危機や景気の低迷などいくつもの要因が重なり政府の障害者への支援はおざなりなものになっている。ただ、近年は幾分景気が上向いていることとインドとの緊張緩和による軍事費の削減、およびポリオ対策への投資分を他の分野へ振り向けられる見通しがあることなど改善のきざしが見られつつある。
  • NGOレベルでの活動は活発で一部では日本などの手法をまねて障害者の自立生活運動に取り組むところも見られる。しかしながら、各団体が独自に活動しているケースが大半で、お互いの活動を相互に連携させて向上させようとする動きはまだまだ弱い。

    障害者人口比較(日本・パキスタン) | 障害児学校数(パキスタン) | パキスタンの障害児者の現状(メモ)


    初版&最終更新日 2005年03月04日