障害者スポーツフェスティバルに参加して

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アボタバード地図

↑アボタバード(Abbottabad)は、イスラマバード北方にある北西辺境州(N.W.F.P)の街です。
DAEWOOバス(110ルピー)、ワゴンバス(ハイエース:55ルピー)で約2時間の道のりです。
町の中心には陸軍の駐屯地があり、軍関係者が多く生活しています。
北方へ向かうカラコルムハイウェイが通っており、交通の要衛といえます。

さてこの街では、12年前から障害者スポーツフェスティバルが開催されてきました。
地元アボタバード、ペシャーワルをはじめとする北西辺境州各都市をはじめ、イスラマバード、ラホールなどから障害児学校・施設・NGOの生徒やメンバーが多数集まり陸上競技やクリケットなどの試合を行っています。

今年度(2004年度)は手元にある資料によると24団体300人ほどの競技者やスタッフが集ったそうです。
パキスタン国内で開かれる最大級の障害者スポーツイベントとなっています。


さて、今年の大会にはJOCVからKATOHさん・SHIHOさん・MIHOさんが参加しました。
それぞれイスラマバード・ラホールからバスで現地に移動しました。
7月の今はパキスタンで一番暑い盛りなのですが、イスラマバードやさらに暑いラホールに比べると日差しは強いものの涼しく感じます。
おそらく30℃をちょっと超えた程度だったのだと思います。 夜はパンカー(扇風機)を回していると寒く感じることもありましたし。

マイルストーンさん(ラホールの障害者NGO)の配慮で参加者が宿泊する場所に泊まることができました。
場所は競技場から程近い私立の学校で、夏休み中の校舎を参加者の宿泊のために提供して下さっています。
さらにすごいのは、前日の夕食~最終日の昼食までほぼ4日間の食事をつくって提供してくださったこと。
各団体から参加しているスタッフの方が手伝って作るのですが200人以上の食事をつくる労力は生やさしいものではありません。

食堂

↑食事の風景です。毎食とってもおいしかったです。感謝。

さて、大会は3日間にわたって開かれました。

  • 1日目
    午前10時すぎ:オープニングセレモニー。
    宿泊先近くのグラウンドに参加者が集合しました。ここに、アボタバード管区の陸軍司令官が激励に訪れました。

    軍司令官の激励 アシムさんがあいさつ

    ↑アボタバードに駐屯する陸軍部隊の司令官の激励です。

    参加者は一同緊張しつつも、軍の偉い人と会って握手ができたということでうれしいようです。このあとクリケットの試合が行われていました。

    大会中は
    14:00近くまで競技 → 宿舎で昼食
    → 16:00すぎまで休憩・昼寝 → 日没まで競技
    という流れでした。

    競技は次の種目が行われていました。

    左:走り幅跳び 中:砲丸投げ  右:パワーリフティング
    走り幅跳び 砲丸投げ パワーリフティング

    左:ミニサッカー 中:車いす競走 右:卓球
    ミニサッカー 車いすレース 卓球

    このほかには、クリケット、円盤投げ、徒競走、などの競技もありました。
    いいなぁと思ったのは、このフェスティバルが単なるスポーツ競技会に終わらなかったこと。毎晩夜遅くまで、宿舎のあちこちで参加者が話をしたり歌ったり踊ったりしていました。私もその中に入ってお話を聞いたりしていましたが、日本の障害者支援はどういう風になっているのかとひっきりなしに聞かれました。それと、ぜひ自分たちの街に遊びに来てほしいとのリクエストも。

    今回は100枚ほど名刺を用意していったのですが、それが全部はけてしまうほど強いニーズのようなものを感じました。
    たくさんの方と再会をお約束したので、かならず彼らの元に行って様子を知りたいと思います。

  • 2日目の夜には宿舎の広場に参加者が集まって、歌や踊りの発表がありました。

    夜のイベント ←2日目夜の発表会。ゲストを呼んで盛大に開かれました。

    ユニークなパフォーマンスも披露されてみんなで大盛り上がり。 21:00スタートだったように思うのですが、終わって気がつくと夜中の0:30すぎになってました。ホンマにみんな元気なやっちゃでぇ~(笑)。

  • 3日目は旧市街のグラウンドに大勢のゲストを呼んで記念セレモニーが開かれました。

    入場行進 ← 全参加団体が順番に行進します。
    つなひき ← つなひきも披露されました。

    シャフィークさんのアピール 表彰のようす

    ↑シャフィークさん(マイルストーン)の障がい者参加へのアピールや表彰式も行われました。。

    そして、私たちJOCVもあいさつをさせていただく栄誉をいただきました。

    KATOHさんとSHIHOさん ←あいさつをするKATOHさん、SHIHOさん。

    疲れから途中でダウンしてしまったこともありましたが、最後まで参加することができて本当に良かったと思います。
    来年は任期終了ギリギリの時期ですのでこれるかどうかわからないのですが、ここで得た友情を大切にしていきたいと思います。
    大会関係者のみなさん、おつかれさまでした。

    それでここで写真をもう1枚ご紹介します。

    ボディビル

    北西辺境州(NWFP)の街チャールサダから来た兄弟たちです。
    前の子どもは10歳だそうです。兄弟みんなに同じ障がいがあるというケースはパキスタンでは多く見られます。
    この翌年、彼らの住むチャールサダに行って学校での勉強の様子を見せていただきました。
    この写真の時のようにみんな元気でいたことがとても印象的です。


    初版 2004年07月04日 最終更新日 2010年01月23日

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