協力隊・日系青年ボランティア帰国報告会

「外交の最前線」に立つ協力隊を菅総理が激励
-青年海外協力隊員が菅総理に活動を報告-
JICA国際協力機構:プレスリリース 2010年06月16日
http://www.jica.go.jp/topics/2010/20100616_04.html

この件、協力隊事務局から電話があったのが、5月下旬のこと。
”6月14日に東京で協力隊の帰国隊員の報告会があるのだが、それに参加できますか?”というものだった。
電話でのやりとりだから詳細をよくわからなかったけれど、首相・外相などが参加される会合ということで、興味が湧く。
はい、よろしくお願いします、と返事をしてしばらくすると、鳩山内閣が総辞職で首相が菅さんに代わった。

”14日の日程で大丈夫か、いま首相官邸とやりとりしているが確定できません。”
という連絡も事務局からあったので、どうなるかなと思っていたけれど、開催予定日数日前に”実施します”という連絡が届く。


報告会の前後日は介助が入っているので、当日日帰り上京になった。
6月14日(月曜日)当日。
早めに上京し、パキスタンOVの方たちと待ち合わせ。
お会いしようと思っていたOVが他のOVと一緒に代休をとって合われる予定だったということで、思いがけずイスラマバードでお会いして以来の4年5年ぶりからの再会。
お一人のOVは私が今夏お仕事で行かせていただく予定のパキスタン北方・フンザの方と結婚されていて、その旦那さんとも偶然お会いすることができた。とっても優しい雰囲気の方。OVの奥さんとはお似合いだな。
何年かぶりにこうしてOV同士があうと、お互いの近況、他のOVの消息、昔のパキスタンでの思い出に花が咲く。実に数年ぶりに会うんだけれど、メールではちょこっとやりとりしているしで、時間の隔たりやぎこちなさを感じないんだなぁ。
これは他国に行った同期と久しぶりにあっても同じことを感じることが多い。

思いがけず楽しい時間を過ごさせてもらえて感謝しつつ、集合場所の広尾JICAひろばに向かう。

受付開始は16時半だったけれど、16時過ぎには到着。
最寄の東京メトロ広尾駅を降りたときに、改札のところで何か衣装の入ったカバンをもった人が歩いている。
ん、もしかしたら今日の報告会に参加する人とちゃうかな?と思いながら歩いていると同じように広尾JICAに向かって歩いていく。
広尾JICAについてふと気がつくと、それは函館養護で仕事をさせていただいたときに一緒させていただいた、Y先生だったのでびっくり!
彼女は2005年の派遣でバヌアツへ。
任期を終えられたあとは、旦那様のお仕事の関係で協力隊訓練所のある長野・駒ヶ根で教員をしていらっしゃるとのことだった。
前回お会いしたのはY先生がまだ訓練所で訓練中だった時のことだから5年ぶり!
で、こうした場でお会いできたのにさらにびっくりする。

そして、驚いたのは、つい先月も長野でお会いしたパキスタン同期のNさんがいらっしゃったこと。
今回、Nさんがずっと関わっていらっしゃる、長野・飯島町のパキスタン・りんご栽培技術支援の一環で現地にお手伝いで行かせていただく予定だ。

長野・飯島町国際協力会
パキスタンからのりんご栽培研修員受け入れプロジェクト
http://www13.ocn.ne.jp/~kokusai/iijima/kaicontents/ringok….

この飯島町のリンゴ農家さんが長年、パキスタン北方の中国国境に程近い Morkuhn Village ムルフン村のリンゴ農家さんをJICA草の根技術支援の枠組みを使って支援している。

Google Map: Morkhun Village ムルフン村

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今回8月中旬に現地への技術指導のプログラムがあり、その裏方のお手伝いで私が同行させていただく予定になっている。
これまでの取り組みを知り、関わっていらっしゃる方々とお会いするために3月、5月と2回飯島町にお伺いしてきた。パキスタンOVのNさんもいまのお勤めが飯島町をエリアにしていらっしゃるのでお会いすることができた。
でも、今回の官邸での報告会は飯島町の方にも伝えそびれていたので、集合場所でNさんをお見かけしてビックリ。Nさんが「今回はどういう人選で選ばれたんかな?」と言ってはったけど、そうやね。
たまたま都合を尋ねるためにかかってきた電話にすぐ出られたから行けたんかも知れないし。
選ばれる、ということでは、JICAでは専門家、職員、ジュニア専門家になっている同期も多数いるし、それ以外でも国内・国外で活躍している同期もたくさんいる。
考えても、自分を呼んでもらっている理由は分からないけれど、これも何かの縁、そこに参加させていただくことへの感謝と参加する以上求められる務めは果たしたいな、そう思った。

さてさて。
受付を済ませた後、Nさんと男性用更衣室へ。
今回の服装は平服(スーツ・ネクタイ・黒革靴)だが、民族衣装歓迎という事前の案内があったので、パキスタンの民族衣装シャルワール・カミーズを持ってきていたのだ。
Nさんとは事前に何も打ち合わせしていなかったけれど、こういうところのアピール性も意識しながらの準備について私ども抜かりはないぞ(笑)。
更衣室には他にも他国の民族衣装を持ち込んだOVが入ってきて着替えをしていた。
隊次も派遣国も違うけれど、こうしたときはそういうの関係なしで話が咲くもんだ。
衣装の生地や色遣いにほぅほぅと感心したり。

着替えを終え、所定の時間に広尾JICA3階の講堂に集合する。
今回は2003年3月以降に帰国した隊員から150名ほどが選ばれて集められているということで、講堂内はギッシリ参加者で埋まる。スーツ姿の方に混じって民族衣装を纏った方もいて日本ではなかなかお目にかかれない光景だ。
で、平成15年度1次隊駒ヶ根訓練所組の同期OVを探す。
ニカラグア派遣だったSさんUさん、パナマ派遣だったNさん、ブルキナファソ派遣だったMさん、それにパキスタン派遣だったNさんとわたしの6人のようだ。
Uさんとは訓練以来、Sさんとは2005年の駒ヶ根同窓会以来だけれど、変りないねとお会いできたことを喜ぶ。Nさん、Mさんともメールでやりとりしてたし地元が同じこともあって、ちょっとひさしぶり?な感じで改まることもなく気さくにお話できる。そういうお付き合いをさせてもらえることは本当に幸せだ。協力隊行って大きな宝になったもののひとつだ。

話すことって尽きないけれど、ここからはとっても慌ただしく時間は過ぎていった。
今日の報告会の流れの説明、担当職員さんの紹介がすむと、すぐにバスで移動ということになった。

その前に大切なプログラムがひとつ。
参加者みんなで、広尾JICA敷地内にある慰霊碑に向かう。

「友よやすらかに」

1965年に協力隊事業が始まって45年が経つ。
これまでに30000人を超えるボランティアが海外で活動してきたが、不幸にも60数人の方が任期半ばで命を落とされている。その方たちを慰霊する碑がこの広尾の敷地内にある。
そこで代表の方が献花をされて全員で黙祷を捧げた。
献花の前に協力隊の担当者さんが、
「今日こうして首相に私たち協力隊員の代表がお会いする機会を得られたのも、先輩方のこれまでの努力の積み重ねがあったからだと思います。そのことを肝に命じて、道半ばでお亡くなりになった先輩たちに祈りを捧げましょう」
という趣意のお話をされたが、まさにその通りだと思った。

そして、バスに分乗して首相官邸に向かう。
予定時間よりも早めに官邸に着いたようで、しばらくバス内で待たされたが、案内があり、みなでバスを降りて官邸に入る。
新築された官邸はニュースなどで見たことはあるけれど、高い吹き抜けの天井と竹を意匠したような壁の造りが印象的だった。

入り口すぐにエスカレータがありそれでひとつ下のフロアへ降りると、立食パーティなどができる大きな宴会場のような部屋に通された。
そこで記念撮影の並び位置を確認したり、同期たちと記念撮影をしたりして開会時間を待つ。

今回ちょっと驚いたのは、官邸へのカメラの持ち込みがOKだったこと。
マナーとして(話者に注目する)、首相あいさつ~乾杯までは写真撮影を自粛するようにというガイダンスだったが、特に細かく注意されることもなく自由に撮影することができた。
とはいっても、報告会中は、出席された議員さんやOVたちとの話であっという間に時間が過ぎて撮影どころではなかったんやけど。
事前ガイダンスで担当者さんが、今日の模様をブログなどでドシドシアップして欲しいというような話まであり、余分に入ってたかもな肩の力が抜けて割合リラックスして参加できたように思う。

そして19時。
菅首相が入場する。仙石官房長官、岡田外相、緒方JICA理事長なども勢ぞろいする。
すでに民主党・国民新党の与党議員さん30数名もいらっしゃってて、ちょっと経験できない雰囲気。
はじめに帰国隊員を代表して、ボリビア派遣の柘植OV、モザンビーク派遣だった窪田OVがそれぞれ帰国報告をされる。

帰国報告の詳細はJICAプレスリリースを参照ください。
http://www.jica.go.jp/topics/2010/20100616_04.html

今回の報告会は、首相が主催をしているものだが、別のねらいとして今回参加されている議員さんたちに協力隊活動をそれぞれがお話し理解を深めていただくというものがあるようだ。
だから、報告されたおふたりの話は、やさしい言葉で情景が思い浮かぶようなものすごくわかりやすい内容だった。とても素晴らしいスピーチだった。
その後、菅首相があいさつ。外国訪問の思いでに触れながら、国際協力についての感想をお話になっていた。具体的な公約のようなものをお話になったわけではないから、抽象的な内容だったように感じたけれど、政府としても協力隊事業を支援をしていきたいという前向きなお気持ちは感じられた。

そしてこの後、2グループに分かれて、首相と記念撮影をしていただく。


(撮影:私 画像をぼかし処理しています。)

菅首相に握手をしてもらっているのが、さきほど帰国報告をされていた、モザンビーク派遣の窪田OV。 http://bit.ly/btzHQ4 屋久島おおぞら高校で教鞭をとっていらっしゃる。けん玉のチャンピオンとしても著名で、モザンビークに学校を建てるけん玉ゆめ基金を立ち上げて活動している。
写真1列目左手のオレンジの鮮やかな衣装をまとっているのが同期ブルキナ・ファソ派遣森重OV。昨年ブルキナ・ファソと日本の架橋となるべく会社「ア・ダンセ」を創業。 http://www.a-danse.jp/ 私のブログでもリンクをさせていただいてます。衣装のような鮮やかな布を使った製品や協力隊時代培った人脈を活かしたシアバター製品の輸入販売を行っていらっしゃいます。
私はもう一方のグループで記念撮影をしていただきました。

もうこの時には立食懇談の準備に入っていて、撮影が終わった人に順々に飲み物や軽食がサービスされていく。
撮影が終わり、菅首相が退場されることに。
そのときちょうど退場するルートでNさんと私がシャルワール・カミーズを着て並んでいた。
首相が目立つ衣装を着ていたからか、Nさん、私に「どこの国?」とお聞きになるので「パキスタンです!」と答える。そう、と握手してくださる。

首相退場後、仙石官房長官あいさつ。「私は耳に痛いことも言わせてもらうけれど、これまで、活動現場での率直な声が、縦割り行政などで邪魔をされてJICA本体にきちっと届いてこなかったのではと思っている。」とおっしゃりつつ、やはり政府として応援をしていきたい、という内容の話だった。
そして、岡田外相が簡単にあいさつをした後に乾杯をする。
いくつかの派遣地域ごとにテーブルが分かれていて、そこにいながら歓談をする。

こうした帰国報告会はこれまでにもたびたび行われているようだ。

小泉首相が青年海外協力隊員と懇談 – 総理官邸でOB・OGを慰労 –
JICAプレスリリース 2003年08月27日
http://www.jica.go.jp/press/archives/jica/2003/030827.html

青年海外協力隊帰国隊員への慰労会
首相官邸プレスリリース 2005年03月03日
http://www.kantei.go.jp/jp/koizumiphoto/2005/03/03seinen.html

総理の動き – 青年海外協力隊帰国隊員による表敬
政府インターネットテレビ 2008年05月26日
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg1875.html

今回は首相主催の帰国報告会、となっているけれど、他方では政権交代以来はじめての報告会となり、与党となった民主党議員さんに協力隊事業について理解を深めていただく場であったように思う。
これまでも、こうした帰国報告会はそうした場として活用されてきたのかもしれないな。

協力隊・日系青年ボランティアの2年間が100%思い描いたようにうまく行った人は、まずいないだろう。
異文化の暮らしにストレスを抱えつつ、もがくように試行錯誤しているうち、2年の任期が終わった人も多い。
ひとが入っていく現地支援は、2年という期間は長いようで短い。その隊員の任期中だけで結果が出ないこともよくある。
事業仕分けに見られる、無駄遣いを改め、効率的な予算執行を目指すことは、同じく国民の税金で2年間の海外経験をさせていただいた私たち協力隊員も異論はないだろう。
ただ、求められる成果はその隊員さんの任期中に目に見えるものではないかも知れないということ、
任地への貢献のほかに、その隊員さんが協力隊経験を通じて培ったものを日本もしくは世界へ還元していくこと、
など協力隊の特性や意義にはさまざまな多面性があることを私は強く感じている。

私は特定の支持政党を持たないが、この国の舵取りにそれぞれの志をお持ちになって取り組まれる方にはぜひ頑張っていただき、こうした協力隊・日系青年ボランティア事業への理解と支援をと願っている。

報告会は岡田外相の乾杯のあと、緒方JICA理事長のあいさつ・散会まで30~40分ほどしかなかったから、話せることは限られていた。
他の人に来賓の議員さんが尋ねられたりしているのを一緒に聞いているうちに時間がたってしまった人、OV同士で昔話に花が咲いているうちに時間が来てしまった人もいたと思う。

私も、Nさんが同じ長野選出の議員さんとお話しているのを聞いたり、イスラマバードにおいでになったことのある議員さんとお話した(というより議員さんの経験談をお聞きした方が長かったかな・・・)くらい。
あとは来ているシャルカミ・帽子が珍しいようで「どちらの国の衣装?」と尋ねられたり。
こういうときはアピールせなな・・・と思ってオカリナなぞ持ってきていたが、首からぶら下げたまま終わった。
時間があまりないからなぁ・・・とオードブルや飲み物にあまり手をつけられなかったのもちょっと勿体無かった。

尋ねられれば、伝えること、訴えたいこと、話したいことが次々湧き出してくるから、思ったほど話せなかったことは少し残念だけれど、こうして150人というまとまった数で日頃は経験できない場に集い、限られた時間の中で何かを伝えられたということは意味あることだっただろうと思う。

最後に緒方JICA理事長があいさつをして散会となった。
参加者はそれぞれ乗ってきたバスで官邸を後にする。
私は霞が関で降ろしてもらって、そこから西宮への帰途についた。
あ、ちょっと困ったのは、着ていたシャルカミのままで霞が関で降りたもんだから、着替える場所を探して少々ウロウロしたことかな(笑)。
チトラール帽(アフガン・北方地域でかぶられる帽子)&シャルカミ&黒ベストの男が霞が関界隈を歩いていたのだが、通り過ぎていく東京の人たち、無関心なのか大人なのか、それほどびっくりした風ではなかったな。
あまりに違和感ありすぎて唖然とされてたんやろか。

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