ホルンと故山本昭一先生

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上記記事でMickeyさんとおっしゃる方がコメントを寄せてくださったので、パキスタン行きの準備をちょっと中断して少し思い出のあれこれを綴らせていただこうと思う。(・・・と現実逃避してます、はい 笑)

記憶をたどると、故山本昭一先生(ホルン奏者)と初めてお会いしたのは、1985年に神戸で開かれた全日本管打楽器フェスティバル関西大会という場所でだった。
このフェスティバルは小中高だったかな、学生のソロコンクールで、その年はホルンとトロンボーンが審査楽器に入っていた。関西大会と名付けられているが、当時は申し込みをすれば誰でも参加できた大会でホルン部門はどうだったろう、20~30人くらいの学生がエントリーしてたのではなかっただろうか。


その時の審査員でおいでになっていたお一人が山本先生だった。
選考は自由曲一発で行われていたが、私はモーツァルトとかデュカスとかR.シュトラウスとかのメジャーな曲ではなく、誰も聞いたことのないような曲で出場した。

Horn Music for Beginners と題した小曲集。 Editio Musica Budapest とあるのでハンガリーの出版社から出ていたのだろう。
題名どおり難易度は初級クラスの曲だったと思うが、審査員の先生方は今まで聞いたことがない曲だったので審査にお困りになったようで(と、後日山本先生がお話になっていた。)、思いがけず金賞といういい結果をいただくことができた。

その時金賞を受賞した方には、
指揮者・アレンジャーで大活躍されている白谷隆先生
http://plaza.rakuten.co.jp/sedarrose/5028
もいらっしゃるのだから、自分が同じ賞をもらうのは恐れ多いことなんだけど、当時は「あ~もらえたもらえた」とただただ素直に喜んでいたっけ。

で、その前だったか後だったか、春休みか夏休みの頃だったと思うけれど、大阪住吉区にあるマツモト楽器( http://www.mazmoto-gakki.co.jp/ )でホルンの一日講習会が開かれて、そこに講師として山本先生がおいでになった。
先生が30歳のころだから、日本フィルを退団されてフランスへ渡り、ルシアンテーヴェ先生に師事された留学から帰国された頃だ。先生がバッキバキの実力を発揮されていた頃。
もう25年も前のことだけど今も忘れられないことがある。

山本先生、私の楽器(たぶん学校から持って行ったFシングルホルン)を手に取ると、ハイトーンを吹き始めた。

ホルン関係者の方以外には分かりにくいと思うが、ホルンは4m近い管の長さがあるので肺活量が必要な楽器だ。しかも音を外しやすいと来ている。でハイトーンも出にくい人にはこのうえなく出にくい楽器。
チューニングB♭(ベー)の音から1オクターブ上の音からHigh B♭(ハイベー)と呼び、ハイトーンの音域となる。全国吹奏楽コンクールで金賞を取るようなめっちゃすごい学校のホルンふきでもHigh F(ハイエフ=ファ)が出せればどの曲でも対応可能だ、てか99%の曲はハイエフまでしか楽譜に書かれていない。
そう、どんなに大変なハイトーンでもファの音まで吹ければ大丈夫なのだ。

で、山本先生、かる~くハイエフまで吹いたかと思うと、そこから更にハイトーンの階段を軽やかに上がっていく。それも私の楽器で。私なんかHigh B♭の次のHigh C(ハイツェー)までしか吹けないのに。。。。
で、結局山本先生、ハイエフの更にオクターブ上のDouble High F(ダブルハイエフ)まで軽やかに吹いたのだ。思いっきりぶったまげたことを今も忘れない。

で、楽器を返していただいて自分が息を通してみると、何とまぁ、息の通りが良いこと良いこと。
先生の呼気が息の柱となって楽器をシャキッとさせたみたいだった。
上手い人が楽器を吹くと、音抜けが良くなるとはいうが、そのことを身をもって実感したのだった。

その当時から山本先生はフリーで活躍をされていたが、バンドジャーナルの1985年4月号から1年間ホルンのワンポイントレッスンを担当されていた。

1985年5月号のレッスン(12回中の2回目)ではロータリーのひもの巻き方を図解で紹介するなど、基本的なことだけどこういう紙面では省略されがちな内容を取り上げていらっしゃったり、最後の1986年3月号では「ヴィブラートはムリにかけず 本当の歌心をもって」と題してヴィブラートについて全紙面を割いてらっしゃるなど音楽の高度な部分にも踏み込んでお書きになっていらっしゃった。

たぶん、そのマツモト楽器でのレッスンのときに心斎橋YAMAHAで行っている個人レッスンのお誘いを受け通うようになったのだと思う。
高校3年生の夏だったと思うけれど、合歓の郷で開かれたホルン合宿に参加したことがあった。
2泊3日の日程だったと思うけれど、そこに集まった学生・一般のホルン吹きの方たちはやはり相当な実力をお持ちの方たちばかりで、自分の下手さにかなり自己嫌悪になったことを覚えている。
その後、東京の大学に進学したので自然と山本先生とお会いすることがなくなっていき、更に私が北海道の学校に赴任したのでホルンからも遠ざかることとなってしまった。

そうしていつしか山本先生やホルンとは縁遠くなりつつあったころ、ふと目にしたのが山本先生の訃報だった。

先生は1955年のお生まれで、お亡くなりになったのが2006年のことだったからまだまだこれからと言う時のご逝去だったと思う。

先生に紹介していただいて手に入れたYHR-862は今も私の家の部屋の隅に置いている。
2007年1月にホルンまた始めるぞ宣言をしたものの、市民バンドで吹くわけでもなく、勤務している学校の行事などでごくたまに吹いている程度ではあるが、購入して25年経つ今も古ぼけずしっかり音を奏でてくれている。

改めて、故山本昭一先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
先生に影響されて、ペーターダムが好きになり、下手の横好きですがヴィブラートをかけるのが好きなおっさんホルン吹きになりました。申し訳ないくらいホルンを吹く機会が少なくなりましたが、楽器とマウスピースはこれからも大事にしていきます!

ホルンと故山本昭一先生” への4件のフィードバック

  1. 初めまして♪私はピアノを専攻していましたが、ご縁あって、山本先生に2年間ホルンを教えて頂きました。ホルンという楽器を身近に聴いたこともありませんでしたが、先生が普通のホルン吹きでないことは素人にもすぐにわかりました。
    その卓越したテクニック。そのテクニックを忘れさせてしまうほどの気品あふれる歌心に触れて音楽の素晴らしさを教えて頂けました。2人きりのホールレッスンは贅沢で、神々しいまでの音色に時に息がとまりそうなほどでした。
    懐かしく素晴らしい記憶を呼び起こしていただきました。ありがとうございます。

  2. ありさま

    こんにちは!管理人のktcjohnnyでございます。
    素敵な思い出のご投稿ありがとうございます。
    そうなんですね、あの音の素敵なことといったら!
    当時ペーター・ダム、ティルシャル兄弟などの音色も大好きでしたが、山本先生の奏でる音って、日本人が吹いているように思えない不思議で、しかもビロードのようなツヤと輝きと滑らかさがあるなぁって思っておりました。
    ああした感動は生音に触れてだからこそ、なんでしょうか。

    10月初めに投稿を頂戴しておりましたのに、アップ作業が遅くなりましたことお詫び申し上げます。

  3. 山本昭一さんは学年は違いましたが、小学校が同じで、中学で吹奏楽部に入る切っ掛けを頂きました。短い間でしたが、中学で同じ吹奏楽部におりました。昨年、数十年ぶりに吹奏楽を始めました。今日は懐かしいホルンの音をきかさせて頂き、感無量でございます。有難うございました。

  4. Akiko Masuiさん

    管理人のktcjohnnyです。ご投稿ありがとうございます。
    山本先生の記事をアップして以来、先生を知る方から時折メッセージをいただきます。
    それぞれのメッセージを読ませていただき、私も中学高校生時代の頃を想い浸っております。

    ネットにはいくつか山本先生の演奏音源がアップされておりますね。
    Youtube: https://www.youtube.com/results?search_query=%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E6%98%AD%E4%B8%80
    ニコ動: http://nicoviewer.net/sm18171401

    吹奏楽をまたお始めになられたとのこと。素敵です!

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