2004年夏 : ギルギット・フンザ旅行記(7)

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  • A digest map of Hunza and Gilgit area

    2004年8月11日(水) フライトキャンセル

    昨夜(10日)は雲ひとつない夜空だったのに、今朝は一転して厚い雲に覆われていました。
    もしかしたら・・・という願いもむなしく、フライトキャンセルが決定。
    それで、ファラハットさんは再度DC(副知事)さんにチケットの手配をお願いしに行きました。
    この日はDCさんはあいにく不在。でも別の行政官の人にかけあい明日(12日)のフライト予約をすることができました。
    ファラハットさんはイスラマバードで雑誌編集の仕事があるので、もし明日フライトキャンセルになった場合はバスでイスラマバードに戻ることを決意。
    これまで、アガ・ハーン関係の教育施設見学に精力的に取り組んでいたSHIHOさんYUKIKOさんも明日バスでイスラマバードに戻る予定ということで、あわせてバススタンドで座席の予約をすませました。
    あとは、天候次第。

    2004年8月11日(水) Special Education Complex の見学

    一切の手配が終わり、時間ができたのでファラハットさんと一緒に郊外にある障害児諸学校のエリアを訪れました。

    建設案内看板 
    政府の学校が建つことを示す看板

    建設中の校舎 教室にて説明を聞く
    左 : 建設途中でやや殺風景な外観です。
    右 : 教室にて説明を聞く

    私が不満なのが、市街地から相当な距離(おそらく10キロ近く)離れていること。
    これだと、スクールバスでしか通う手段がありません。障害児学校は街中のいちばん便利な場所に造るべきです。
    ここの校長先生にお話を聞きましたが、心配していたとおり、現在3台あるスクールバスのうち2台が故障していて生徒の送迎に支障をきたしているとのこと。
    政府からくる予算はわずかで、車の修理もできない・・・というものでした。
    工事は全体計画の50%が終わったという状態で完成まであと1~2年ほどかかるということでした。
    辺鄙なところに学校をつくる発想そのものが間違っていると私は思いますが、その困難を乗り越えてどういう教育実践がなされていくか注目して行きたいと思います。

    2004年8月11日(水) Eye Hospital アイ・ホスピタルの訪問

    次に訪れたのが、ギルギット川沿いにあるアイ・ホスピタルという病院でした。
    ここは英米の有志者によって設立・運営されているNGOが設置した病院です。
    この病院に併設して、視覚障害者のための学校があると聞き行ってみることにしたのです。

    Gilgit Eye Hospital (GEH)
    Official Website : http://www.gilgiteyehospital.org/
    Eye Hospital

    2010/02/02 閲覧

    病院の玄関 お話を伺う
    左 : アイ・ホスピタルの玄関
    右 : 2人の視覚障害者の方にインタビューをする。

    ここで、私たちは2人の視覚障害者の方にお会いしました。
    1人はMr.Tauqeer トキールさん、もうひとりはMr.Nawaz ナワーズさんといいました。
    彼らはギルギット出身ですが、ラホールの視覚障害者養護学校で学び、その後ギルギットの普通高校・カレッジを卒業したというすごい努力家です。
    現在はここの学校で先生として活躍中とのことでした。
    この日はすでに学校が終わった後でしたので、明日ファラハットさんが帰った後、私がもう一度この学校を訪れて授業のようすを見させてもらうことになりました。

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    初版 2004年08月  最終更新日 2005年02月07日

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