パキスタンの障がい者一覧

パキスタン地震(2005年)で受傷した女性の自立支援のため、日本人女性がイスラマバードに設立した工房「Paper miracles」

Paper Miracles Website

パキスタン地震(2005年)で受傷した女性たちの自立支援のため、ある日本人女性が2年前にイスラマバードで「ペーパーミラクルズ(Paper Miracles)という工房を設立しました。
受傷した女性たちが、カレンダーや新聞紙で作った短冊からビーズを作り、それが驚くほど素敵なアクセサリーに生まれ変わります。

「紙も女性も変わることができたらミラクルですね」

とは設立した高垣絵里さんの言葉です。その志、とても尊く思います。

Pakistan Special 2014年11月号表紙

パキスタンの障害当事者情報雑誌のPakistan Special http://pakspecial.org/ 2014年11月号でペーパーミラクルズの活動が紹介されました。
表紙を飾るのは、代表の高垣さんです。

Paper Miracles | Official web:
http://www.papermiracles.org/

Facebook
https://www.facebook.com/papermiracles.org/

Mugendai : デジタルメディア
ペーパービーズが明日への希望を紡ぐ ――パキスタン大地震で傷害を負った女性たちの自立を支援する(2015年8月20日)
https://www.mugendai-web.jp/archives/4294

在パ日本人の方がアップされているブログ「Cafe Islamabad」では、写真入りでこの工房について紹介してくださっています。
Paper Miracles(2013年12月17日)
http://cafeislamabad.jugem.jp/?eid=1915

Paper Miraclesのファッションショー(2014年2月13日)
http://cafeislamabad.jugem.jp/?eid=1939

学生を連れてパキスタンへスタディ・ツアーをされている埼玉大学教育学部の川元克秀准教授は、2014年のスタディ・ツアーでペーパーミラクルズを訪問しました。
そのことがパキスタン全国紙のNews紙に掲載されました。

News紙掲載記事紹介 | Paper Miracles
Special persons get more care in Pakistan as compared to developed states
http://www.papermiracles.jp/press-release2.html


SAAYA Association サーヤ協会

http://www.saayaassociation.com/

SAAYA Association サーヤ協会は2009年にパキスタン・イスラマバードで設立された障害者団体です。
代表を務めるのは Asim zafar アシム・ザファルさんといい、私が協力隊時代から交流のある Milestone マイルストーンという障害者団体の代表を務めていらっしゃったので、その時以来の友人です。
そのアシムさんがいろいろな過程を経て、もとの住まいだったラホールからイスラマバードに居を移して立ち上げたのがこのSaaya Association サーヤ協会です。
Saaya サーヤはウルドゥ語やヒンディ語の単語です。訳すと”Shade(ひさし、覆い)”とか”Shadow(影、保護する)”などの意味です。アシムさんは”Shade”の意味だと話していました。
パキスタンの国歌の最後の一節、「全能の神の象徴なり」の「全能」の単語にこのSaayaを充てています。
意味合い的には遍く全ての人を包むというような大きなイメージがサーヤ協会の名前にはこめられているのではないかと思います。

2011年03月05日(土曜日)追記
昨日3月4日(金曜日)、短時間ですが、イスラマバードI10エリアにあるサーヤ協会の事務所を訪問しました。

動画:事務所に設置されていたエレベーター

前回2010年9月に訪問した際にはなかったエレベーターが設置されていました。
停電の多いパキスタンの事情もあって、電気だけでなく手動で動くようになっています。
事務所の2階で自立生活を始めた障害当事者さんがいるとのことで、その方のアクセス用にも活躍しているようです。

動画:障害者の介助サービスについて説明をするアシムさん

昨年2010年12月から介助者の派遣サービスを始められたとのことです。
気になるのは介助者が報酬を受けられるかどうかということでしたが、ローカルコミュニティから少しずつ援助を貰っているというようなお話で些少だと思いますが報酬を受けたサービスになっているようです。
以前マイルストーンがラホールで同様のサービスを試行していたことがありましたが、現段階ではパキスタンで唯一が片手で数えるほどしかないサービスをサーヤ協会は実施しているとのことでした。
具体的に一人ひとりの利用者さんの時間管理のファイルを作り、誰々が派遣されるかなど細かく設定されていました。
うん、これはすごいなと思いました。
今日は金曜日で(午後から礼拝がある)半ドンになってしまう日なので、帰国前に改めて介助の実際を見てみたいと思っています。

– – – – –
2009年12月追加
サーヤ協会を初めて訪れたのが、2009年12月初めのことでした。

動画:2009年当時のサーヤ協会メンバー

事務所はF10マルカズ(市場)のすぐそばにありました。
2階建ての建物の1階部分を事務所兼自立生活の体験ルームとして使っていました。
設立されてまだ日が浅いころで、いろいろな活動を試行錯誤しながらされていたことを覚えています。


2005年11月:自立生活セミナー写真記録

ktc-johnny.com(トップページ) >  パキスタンの障害者・障害児支援  > 自立生活セミナー写真記録(2005年11月:ラホール)

>>自立生活セミナー活動記録(2005年11月:パキスタン・ラホール)
パキスタン・レポート : 2005年11月 (1)
http://www.ktc-johnny.com/2005-11-pakistanreport1.html

ラホール空港での出迎え

2005年11月06日(日曜日)
ラホール空港にご到着された中西正司さん(ヒューマンケア協会・DPI日本会議)、斉藤さん(CIL日野)、本間さん(DPIアジア太平洋会議)を歓迎するマイルストーンメンバーたち。
飛行機が延着し、この写真を撮ったのが深夜2時前でした。

カムランさんのご自宅

中西さんとの記念撮影

2005年11月08日(火曜日)
在宅のアテンダント(介助)サービスを利用しているカムランさんのご自宅を訪問しました。
お父さん(手前立っている方)はラホールの行政区長も歴任された地域の名士だそうです。車椅子用にスロープが造られていました。
記念撮影の後、お父さんは「介助サービスは大変ありがたいと思っています。ありがとう。」と感謝の言葉を述べていらっしゃいました。

マイルストーンのメンバーたちと

2005年11月08日(火曜日)
セミナーの研修の合間のひととき。アシムさん(会長:車椅子左:茶色の服)、シャフィークさん(車椅子中)、シャフィークさんのお父さん(右の立っている方)と談笑される中西さん。
後日、シャフィークさんのご自宅に夕食をお呼ばれになり楽しいひとときを過ごされました。

ヒジャーズ病院

病院のドクターとの会話

2005年11月09日(水曜日)
地震災害で脊髄損傷を負われた被災者の方々が入院されているヒジャーズ病院(Hijaz Hospital:私立病院:ラホール・グルバルグ)を訪問しました。
こちらの病院にはおよそ40人近い脊髄損傷の方が入院されていました。

そのヒジャーズ病院のドクターに脊髄損傷について話をするマイルストーンのみなさん。
ナディームさん(左)・アティフ=ラザさん(左から2人目)も脊髄損傷の障害がある方で同じ障害のある方々とグループを作り活動なさっていらっしゃいます。

ファルークさんとの談笑

ダンスに興じるメンバーたち

2005年11月10日(木曜日)
ファルークさん(副会長:右)と談笑のひととき。ファルークさんは筋ジストロフィーの障害がありますが、このように改造したバイクに乗っておひとりで事務所まで通ってこられています。(後ろに積んでいるのは車椅子です)
マイルストーンメンバーで介助コーディネーターをされていたソビアさんと今年ご結婚され、みんなでお祝いしました。

2005年11月11日(金曜日)
中西さんがセミナーに参加していたメンバー全員を近くのレストランにご招待しました。
食事後、即興のダンスパーティが開かれました。太鼓のリズムに合わせて踊るメンバーの方々です。真ん中にいるのはカムランさんです。そのまわりを介助者さんたちが踊ってまわっていました。こうやってカムランさんだけでなく次から次へとなかまが中心に引っ張り出されて踊っていました。

セミナーのバナー(タイトル幕)

2005年11月12日(土曜日)
ラホール・アバリホテル(Avari Hotel)でセミナーが開かれました。

話し合う参加者の方々

セミナー参加者のみなさん

2005年11月12日(土曜日)
話し合う参加者の方々。スーザンさん(右:世界銀行パキスタン事務所)、ジャミール博士(右から2番目:DPIパキスタン代表)や中西さん、マイルストーンのみなさんが地震救援の方策について話し合っていらっしゃいます。

セミナーに参加されたみなさんの記念撮影。
イード後すぐの開催であったこと、地震救援活動でセミナー告知が十分でなかったのですが、100名を超える方が参加していただくことができました。

段差のある場所での車椅子移動

備え付けの用紙に記入する

2005年11月13日(日曜日)
中西さんがご帰国される前にメンバーが集い夕食をいただきました。
そのレストランはこのように段差があったりトイレが狭いなどアクセシビリティが不十分な状態でした。
それで、メンバーたちが店に備え付けの用紙に「段差がある・トイレがせまい・スロープがない」ことを挙げ、「アクセシビリティのある店に改装してほしい」と書き込んでいます。

介助者さん(リズワンさん(Mr.Rizwan))の意見(動画:20秒:aviファイル:5.42MB)

(日本語訳)
Q:教えてください。(このレストランの)問題はなんですか?
A:問題はこうです。このレストランにはスロープがありません。それにトイレが小さいので車椅子利用者は行くことができません。(で、この用紙に記入しているのですが)
スロープをつけてください!トイレを(アクセシビリティのあるものに)作り変えてください!(そうすれば)障害のある方が簡単にアクセスすることができるでしょう。


初版&最終更新日 2005年11月15日


جينا ہے سب کیلئے ジーナー ヘィ サブ ケリエ (みんなのために生きよう!:ラホールの障害当事者団体マイルストーンのテーマ曲)

2012年8月12日追記:
Youtubeに Jiina Hai Sab Kelie の曲がアップされています。
YouTube Preview Image


2005年9月30日追記

マイルストーンのスローガン横断幕

↑マイルストーン(ラホールの障害当事者NGO)のオフィスにこのような横断幕が掲げられています。
ウルドゥ語で書かれているのは
“Jiinaa Hai Sab Kelie(ジーナー へ サブ ケリエ)”というスローガン。
「みんなのために生きる」とか「生きることはみんなのため」
というような意味になるかと思います。
どの人も等しく社会のなかでなくてなならない尊い人たちなんだ!・・・そのような思いがこめられているように感じています。

ミーティングの様子

↑2005年9月28日(水曜日)夕方、世界銀行(The Wold Bank)でアドバイザーを務めていらっしゃるMs.Judy Heuman(ジュディ・ヒューマンさん)がラホールのマイルストーン事務所を訪れました。
彼女はアメリカ・バークレイにある世界初の自立生活センターで仕事をなさったあと、クリントン政権下では教育省次官を歴任、その後世界銀行で活動を続けていらっしゃいます。

「アメリカの1年 No.6」(ジュディさんの紹介が載っています)
http://www.asahi-net.or.jp/~YS2K-SIK/00usa/america6.htm

先日イスラマバードで開かれていたCBSHODに参加された後、ラホールにお出でになりました。

16:00からはじまったミーティングは19:00近くまでそれは熱のこもったものになりました。
マイルストーンの活動について一人ひとりにお聞きになっている彼女の姿が大変印象的でした。

↑の写真で中央立っているのはマイルストーンメンバーの方です。彼は聴覚に障害があるため手話を使ってお話をなさっています。

これまで、肢体不自由・視覚障害のある方々がメンバーの多くをしめていましたが、最近では聴覚障害の方々が多くマイルストーンの活動に参加されるようになってきました。
障害種に関係のない広い交流の場(クロス=ディスアビリティ Cross-disability)がここにできつつあります。
手狭になっている事務所の問題、財政的な課題などなど率直な現状がこの場で彼女に伝えられていきました。彼女としても、また同行されたパキスタン事務所スタッフとしてもその問題を理解されていたようです。

最後は事務所前で記念撮影。あっという間に感じられた大変中身の濃い3時間でした。

記念撮影