パキスタン・レポート : 2005年11月 (3)

【2005年11月27日(日曜日)】
バラコット・ムザッファラバードから帰ってきた後は、撮影データの整理やイスラマバードの被災者収容施設に出かけたりしていました。
以前通っていたNISE(国立特殊教育研究所)も150人いた子どもは50人まで減っていました。
地震の後遺症で話すことができなくなっていたバットグラムの少女も話せるようになって故郷に帰ったとのことでした。
それでも残っている子どものために、たぶん仕事帰り(パキスタンの勤務時間は8時~14時くらい)の先生がボランティアで教室を開いていたりします。

残っている子どもは両足骨折でギプスで固められていたりするなど重傷のケースが多いように見えました。
よく子どもたちが集まっては歌を歌ったりしています。

いま残っている子どもの多くはカシミールから来ていて、歌もカシミール語で歌われることが多いです。歌うのが上手な子どもたちがかけあいのように次から次へと歌って聞かせてくれます。
折り紙を折ったり、オカリナを吹くことよりもそうやって子どもの遊んだりすごしている様子をのんびりながめていることのほうが最近では普通になりました。
時折、篤志者の方が訪れてはお菓子やジュースを配っていきます。それはそれで子どもたちもうれしいようですが、男の子ならきっと表で遊びまわりたいのが本音でしょうね。

さて、週末からラホールに来てマイルストーン事務所で過ごしています。
ヒジャーズ病院に入院していた脊髄損傷の被災者の方のうち、女性の方々はBehbud(ベーブード:福祉という意味)というNGOが運営する施設に移されたとのことでした。

当初はマイルストーン事務所の隣の空き家をトレーニング施設として利用する構想でしたが、大家さんとの交渉が不調に終わったとのことでした。
そのあたり今後どういう形で進むのか見守りたいと思います。

さて、シャフィークさん(自立生活センター長)が12月05日から1週間ほどの予定で日本に行かれることになりました。日本で支援をしてくださっている皆様に被災地の様子や自分たちの活動についてお話をするためです。
そんな彼とお話しているとき、私が「シャフィークさんと一緒に日本に行ったら報告の際に役にたてますかねぇ」と聞くと

「ええ、もし土佐さんが行ってくださるならありがたいですね。行けますか?」

と聞かれました。
私は6ヶ月OPENの成田=イスラマバード往復チケットで来ているので帰りの航空券はあります。
行くとしたら、12月04日(日曜日)イスラマ発の便が都合がよさそうです。で、PIAのHPで検索するとどうやらキャンセル待ちの状態になっていました。
残念だなぁと思いましたが、直接PIA事務所に行くとどうかなと思い、今日、イスラマの隊員さんにお願いしてPIA事務所にチケット持参で照会していただきました。するとどうやらシートを確保できそうな返事でした。正式な予約にはパスポートが必要だということなので、明日(月曜日)にイスラマバードに戻り手続きをしたいと思います。


【2005年11月22日(火曜日)】
お昼前に、マイルストーンの方が泊まっていらっしゃるシタラ・マーケットのホテルに出かけました。
そこにはSTEP(イスラマバードの障害者NGO)のアティフさんがお出でになっていて、これからの計画についてみなさんと話し合っていらっしゃいました。

アティフさん(右:車椅子に座っている方)と

はじめの構想では被災地の6箇所で自立生活センターを立ち上げ、イスラマバード・ラホールでトレーニングを受けた方がそれぞれの地域のセンターで重要な役割を担っていただく・・・というものでしたが、それをおこなうための必要資金が莫大なこと、それをマネージメントするだけの十分なリソースがないということから

メモ

↑上記のメモのようなバラコット+イスラマバード+ラホールを中心に、重度障害の方にフォーカスした支援計画に改めていく方向でまとまってきました。
この話し合いのあと、みなさんはそれぞれ各種会議に参加するため出発されていきました。

夜は、私たち何人かのマイルストーンにゆかりのある方たちでみなさんを夕食に招待しました。
メニューはずばり「日本食」です(笑)。
実はシャフィークさんが「お好み焼き」が大好物だと聞いていたので、日本から持ってきていた青のりやらお好み焼きの素やらを大放出して召し上がっていただくことにしたわけです。
「お好み焼き」のほかには「肉じゃが」「味噌汁」「炊き込みご飯おにぎり」という素敵なメニュー。

お好み焼き&日本食パーティ

で、シャフィークさんに召し上がっていただきましたが「とっても美味しい!」とよろこんでいただきました。聞くと日本に研修に行った当初はぜんぜん日本食が受け付けなかったそうですが、西宮市にある「メインストリーム協会(障害当事者団体)」に研修に行ったとき、連れられていったお店のお好み焼きとたこやきの美味しさが忘れられない・・・そんな思い出を語っていらっしゃいました。

振り返りますと、パキスタンに来て以来ずっとお世話になりっぱなしでしたので、ほんの少しでもお返しができてよかったなぁと思います。

パキスタン・レポート : 2005年11月 (3)」への2件のフィードバック

  1. お疲れ様です~。
    なんかパキスタンの人って食に関して保守的なイメージ
    だったのでちょっと意外!
    というか案外自国の物以外受け付けないっていう
    国や人って多い気がします・・
    ジョニーさんはパキスタン料理、何でもOKですか?

  2. おっしゃるとおり、たいていのパキスタンの人は日本食が受け付けないですねぇ(笑)。
    だから日本に行くときはMy Masala(香辛料)を持って行ったりしています。日本の人で醤油を持ち歩く人がいるようにね(笑)
    ちなみにお好み焼きを召し上がっていただいた翌日、シャフィークさんから電話が。
    「昨日のお好み焼き、とってもおいしかったです。なもんで夢にまで出てきましたよ(爆)。だからいま電話したんです。」
    ですって(笑)。
    いや~天かすも手作りで(って簡単ですけど)作って入れましたから。やっぱりお好み焼きには欠かせませんねぇ。
    ちなみに私、パキスタン料理はなんでもオッケーです・・・ではなく、パエ(関節を煮込んだやつ)は苦手です。あのゼラチン質がどうもだめです。
    それ以外は何でもオッケーですよ。いまはマイルストーン事務所で、カムランさんというスタッフさんと寝泊りしていますが、毎食パキスタニーですから(笑)。
    Kyosenさんカキコありがとうございました。

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